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第二話 選ばれた過去

最初に消えたのは、隣の女だった。




 名も、顔も、今はもう思い出せない。




 ただ——笑っていたことだけは、覚えている。




 あの日も、いつもと同じ朝だった。




 何も変わらないはずの一日。




 それが終わる頃には、その女はいなかった。




 理由は、誰も教えてくれない。




 聞いても、誰も答えない。




 ただ、皆——知っていた。




 触れてはいけないと。




 彼女は、そのとき初めて恐怖を知った。




 ここでは、人が消える。




 理由もなく。




 前触れもなく。




 それが、日常になる場所。




 逃げたいと思った。




 だが、逃げ場はない。




 ここは閉じた世界。




 一度入れば、外には出られない。




 その夜。




 彼女は、初めて見た。




 障子の向こう。




 人の気配。




 そして——




 連れていかれる女の影。




 声はなかった。




 抵抗もなかった。




 ただ、静かに消えていく。




 その光景を見た瞬間。




 彼女は、理解した。




 ここでは。




 知った者から、消える。




 だから——




 目を逸らした。




 見なかったことにした。




 感じなかったことにした。




 それが、生きる方法だった。




 数日後。




 彼女は、呼ばれた。




 あの部屋へ。




 あの場所へ。




 戻ってきた者はいない場所へ。




 足は震えていた。




 心臓が、壊れそうなほど鳴っていた。




 だが——




 逃げなかった。




 逃げられなかった。




 そして。




 終わったあと。




 彼女は、気づいた。




 自分がまだ“いる”ことに。




 消えていない。




 残っている。




 それが——




 選ばれたということ。




 そのとき。




 あの女が現れた。




 今の自分と同じ立場の女。




「生き残りたい?」




 そう問われた。




 答えは、決まっていた。




「……はい」




 それ以外、選べない。




 女は、静かに頷いた。




「なら、捨てなさい」




 短い言葉。




「何を……」




「全部よ」




 感情も。




 迷いも。




 優しさも。




 すべて。




「それができるなら——」




 ほんのわずかに、笑った。




「こちら側に来られる」




 そのとき。




 彼女は、選んだ。




 生きることを。




 そして——




 捨てることを。




 それが、始まりだった。




 消す側になるための。

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