第六話 石像を彫る
月が沈み、日が一巡りし、また月が昇った。
石打丸は、少しの休みも取らず、ただひたすらに彫り続けている。
石打丸の両腕は、ねじれた松のように荒く、節くれ立っていた。
沙都の石像は、凄い勢いで出来上がっていった。
彫りながら、石打丸は、口の中でなにかを唱えていた。
それは呪文のようだったが、人の名前のようでもあった。
「たえ…」
と、彼はそう呟いていた。
「たえ、たえよ…。たえ、たえ、たえ、たえ…」
石打丸の目は真っ赤に充血し、頭髪はゆらゆらと逆立っていた。
コオォォォォ………‥‥ン
コオォォォォ………‥‥ン
森はひっそりと静まり返っていた。
枝の上では、木菟が、首を傾げたまま凝固している。
まるで、石打丸の様子を、息を詰めて見守っているかのようだった。
石打丸の左手は、鑿を強く握りすぎたために青黒く変色し、大きく腫れ上がっていた。また右腕は、鑿の使い過ぎで疲れきって、ぶるぶると震えていた。
石打丸は、手がしびれてきたので、藤づるで左手をぐるぐる巻きにした。
そうしておいて、彫り続けた。
百体目を完成させた頃から、藤づるの間から、赤いものがにじみ始めた。
石打丸は思っていた。
たえ。
おら、たえを、たすけるだ。
おら、いしほって、たえを、たすけるだ。
こんなもの、いたくねえだ。
おら、いしほるのが、すきだからな。
東の彼方から、うっすらと朝日が差し込んできた。
小鳥たちの声は、透明な音のかたまりとなって森をかけめぐった。
朝一番の風が、夜露に濡れた草々の薫りを山中に運んでいる。
石打丸は、石を彫り続けていた。
像は、恐ろしい速さで出来上がっていった。
たえず湯気をあげていた、石打丸の大きな背中が、うっすらと赤く染まっている。
汗と混じりあって、毛穴から血が噴き出しているのだった。
石打丸の顔は、恐ろしい形相に変わっていた。
石打丸は、きしむほどに歯をかみしめていた。
両の目をかっと見開き、眉間に深い皺を刻んでいた。
その、ぎりぎりとかみしめた唇の端から、鼻腔から、そうして見開いた目から、真っ赤な血が流れ出していた。
たえ。
おめえ、いきているか。
おらがたすけるまで、しんだらだめだ。
石打丸は、ふるえる足をうんと踏ん張り、鎚を振り下ろした。
鑿の金属に、鎚がぶつかる度に、石打丸の血が地面に滴り落ちた。
コオォォォォ………‥‥ン
コオォォォォ………‥‥ン
ああ、たえ、たえよう。
おら、へいきだ。
いたくっても、くるしくっても、おらへいきだ。
だってよう、おめえは、あんとき、
あんとき、おらのあせを、ふいてくれただ。
石打丸の左の奥歯が、みしみしという音をたてて折れた。
日が暮れようとしていた。
日の落ちる様子が、目に見えるほどである。
次に昇ってくる月は、満月のはずだった。
石打丸には、時間がなかった。
「たえッ!」
叫んだ。
石打丸は、叫びながら、石を彫り続けた。




