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石打の山  作者: 禿頭の犬
7/10

第七話 石像を見る

 一歩進むごとに、たえの体から、ぽたぽたと血が逃げてゆく。

 たえは、ふらつく体を一生懸命に奮い立たせ、天神さまの山を登っていた。


 日が暮れかかっていた。

 山の斜面に、熟柿のような色の光が当たり、辺り一面が濃密な橙色に染まっていく。


 たえは何度も転んだ。転ぶたび、傷口に激痛がはしった。意識が遠のくほどの、強い痛みだったが、たえは歯を食いしばって、歩き続けた。


 石打丸のことを考えた。


 石打丸。

 あなたはわたしに、いろいろなことを教えてくれた。

 あなたの石像は、どれも暖かかった。

 わたしのことを醜いといったり、わたしを見て、顔をしかめたりしなかったのは、あなたが初めてだった。

 あなたは、わたしのことを、初めてまともに見てくれた。

 あなたは、こんなに醜いわたしの顔に、笑い掛けてくれた。


 日が沈んでいった。

 山道を、頂上へと急ぐたえの顔は、青ざめていた。


 空が暗さを増したせいなのか、あるいは、両肩からの、大量の出血のせいなのか、それは分からなかった。


 石打丸。

 あなたは、優しくて、大きくて、なにごとにも動じなかった。

 誰になにをいわれても、あなたはにっこりと微笑んでいた。

 だけど、あなたは、馬鹿にされていることを、分かっていた。

 あなたは、みんなに馬鹿にされている、ということを、ちゃんと分かっていた。

 分かっていて、怒らなかったのは、気が弱かったせいではない。

 あなたは、ただ、みんなのことが、好きだったから。

 ただ、好きだったから、微笑んでいたのだ。


 あたりはますます薄暗くなり、足元が見えにくくなってきた。

 たえは、よろける足を懸命にふんばり、ともすれば失神しそうになるのを、気力でこらえていた。

 たえの両肩から、どんどん血が流れている。

 たえは、頭が次第にぼんやりとしてくるのを感じていた。


 ああ、石打丸。

 わたしは、あなたが好き。

 あなたを、死なせたくない。

 あなたは、死んではいけない。

 あなたは、まだ、彫っているのでしょう。

 もう、聞こえてきたわ。

 きれいな音。


 コオォォォォ………‥‥ン

 コオォォォォ………‥‥ン


 石打丸。

 あなたの音が聞こえる。

 あなたが彫っているのは、それは石の像ではない。

 それは、あなたのいのちよ。


 たえが、ようやく、山の頂上に着いたころ、空はもうすっかり暮れていた。

 

 約束の晩だった。

 

 西の山から、それは見事な満月が、顔を覗かせている。

 頂上についたたえは、そこにあるものを見て、おもわず息をのんだ。

 

「ああ…!」

 

 それは、一千体の、沙都の像だった。

 夥しい数の石像は、天神さまのほこらを取り囲むように、円形にならんでいた。

 

「きれい…」


 たえは、たくさんの像の中をあるいていた。

 

 沙都の石像は、美しかった。

 沙都の石像には、すべて、漆黒の黒耀石が使われていた。

 手抜きは、一切なかった。

 すべての像が、渾身の出来栄えだった。

 一千体の石像が、満月の濃密な明かりに照らされて、現実離れした美しさを放っていた。

 

 ある像は舞を舞っていた。腰のあたりまで届きそうな沙都の黒髪は、触れればたゆたゆとほどけそうに軽く、また樹々の露をたっぷりと吸って、ますます鮮やかな黒色だった。


 また、ある像は、両手を胸の前で組み合わせ、遠い天を仰いでいた。絣の着物を着て、ひたむきな肩の曲線をしていた。神々しいまでに美しい顔は、満月の光を浴びて、透明に艶やかに光っていた。


 哀しい目をして、なにかを必死に追いかけている像があった。両の手を前に突き出した沙都の指先は、暗い地中から中空に突き出した水晶石のように、ぴんと張り詰めていた。

 

 そこには、氷のような空気と、気品とがあった。しかし、それでいて、どの石像も、ある熱気のようなものを内包していた。その熱気は、あるときは炎熱地獄のように燃え上がり、見るものに激しく襲いかかるかと思うと、次には、真っ赤に焼けた剣のように、ジリジリと苦悩して、おのれ自身の身を焦がした。


 それは、ある種、名状し難い美しさであった。

 たえは、また、ふっと気が遠くなり、必死で頭を振った。


 たえは泣いていた。


 像の中を歩きながら、いつしかたえは叫んでいた。


「石打丸ッ!」


 叫びながら、石打丸を探した。


「石打丸ッ! 石打丸ッ!」


 会いたかった。

 一目会って、なぜこんなに涙が出るのか、尋ねたかった。


 たえは、歩き続けた。

 朦朧とした意識の中で、石打丸を思った。

 胸が、きりきりと痛んだ。

 心臓が、わしづかみにされたような痛みだった。

 両肩の痛みなど、問題にならなかった。

 たえは、髪を振り乱し、無い両腕をふりまわすように、その身をよじった。


「石打丸ッ!」


 たえは、叫んだ。

 泣きながら、そう叫び続けた。


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