第6章
バドの工房は、昼夜を問わず火花が散り、灼熱の熱気が渦巻く鍛冶の聖域だった。
孤児院を出て工房に入ったレイを待っていたのは、手先の器用さだけでは決して通用しない、過酷な職人の世界だった。
「違うッ! 叩けばいいってもんじゃねぇ!」
雷のようなバドの怒号が工房に響き渡る。
レイが丹念に仕上げた鉄の短剣を、バドは一瞥するなり火床へ放り投げた。
「お前のはただ『形』をなぞってるだけだ! 鉄の表面をいくら撫で回したところで、中の空気を抜けなきゃ一撃でへし折れる! 手先の小器用さに頼るなッ! 鉄の声を聞け! どこを、どの強さで、どの熱さの時に叩くべきか―鉄が上げてる悲鳴に耳をすませろ!」
「はい……っ、親方……!」
打ち叩いた鉄が脆く崩れ落ちるたび、レイは己の無力さに打ちのめされた。
ガラクタ細工が得意だった自負は打ち砕かれ、夜、誰もいなくなった冷えた工房で、レイは煤で黒くなった自分の手を見つめてじっと叩き伏せられていた。
そんなレイの背中に、そっと温かい影が落ちる。
一番弟子のブルータスだった。
「……親方の言い方は乱暴だが、言っていることは正しい。落ち込むな、レイ」
ブルータスは灯籠の小さな明かりの下で、自らの道具を手に取り、レイの隣に腰掛けた。
「ほら、見ろ。鉄が赤紫から真っ赤に変わる、ほんの数秒の間だ。この瞬間に叩く音を聞くんだ。『キン』と高い音が響く場所はまだ硬い。『カン』と重く沈む場所へ鎚を落とす。手に伝わる振動で、鉄の密度のムラを感じ取るんだ」
ブルータスは、己が血のにじむような修行で掴み取った技術のイロハを、惜しげもなく弟弟子のレイに教え込んだ。
夜遅くまでレイの手に自分の手を重ね、槌の振り方、火の起こし方、鋼の鍛え方を根気強く教え続けた。
真っ直ぐに鉄に向き合うレイを、ブルータスは本当の弟のように可愛がり、レイもまた、完璧で頼もしいブルータスを深く尊敬していた。
「ブルータス兄さん、ありがとうございます!」
「いいから、早く一人前になれ。二人で親方を驚かせてやるんだ」
爽やかに笑うブルータスの横顔を、レイは眩しそうに見つめていた。
しかし、歳月は残酷なまでに二人の才能の「質」の違いを浮き彫りにしていった。
数年の月日が流れ、レイは、十八歳を迎える頃、バドの教えである「鉄の声」を、理屈を超えた本能で理解し始めていた。
レイの打つ鉄は、ブルータスのような完璧な美麗さこそないものの、しなやかで決して折れず、使う者の手に吸い付くような不思議な「命」を宿していた。
かつてガラクタ細工で見せていた構造への異常な観察眼と、バドから叩き込まれた鍛冶の真髄が融合し、レイの技術はいつしか師であるバドをも唸らせる域へと達していたのだ。
ある日、街の重臣から頼まれた儀式用の名剣を、バドは迷うことなくレイに任せた。
出来上がった剣の仕上がりを見つめ、バドは深く頷いた。
「……見事だ、レイ。お前はついに、鉄の魂を掴んだな」
その言葉を、工房の影から静かに聞いている男がいた。ブルータスだった。
ブルータスの心の中で、黒い歪みが渦巻き始めていた。
(誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで鎚を振り、寸分の狂いもなく鉄を打ち続けてきたのは自分だ。レイに技術を教えたのも自分だ。それなのになぜ親方は、後から来たレイばかりを見るのか。なぜレイの打つ無骨な鉄が、自分の完璧な鉄よりも評価されるのだ!)
(俺の何が足りない…… 俺の打ってきた鉄は、偽物だったというのか……?)
レイへの愛おしさ、そしてそれを上回る激しい泥のような嫉妬と劣等感。
釣り合いの取れない感情に苛まれたブルータスは、夜な夜な一人で工房に籠もり、取り憑かれたように鉄を打ち続けた。
彼の打つ鉄は技術を極めるほどに研ぎ澄まされ、そして冷たく狂おしい殺気を帯びていった。
美しい剣。
武骨な剣。
装飾の剣。
戦場の剣。
王侯貴族向けの剣。
騎士戦士向けの剣。
レイが魂を込めて鍛造した武器——武器とは人を殺めるもの。
戦いの場では、レイの武器がブルータスの武器を容赦なく破壊する。
良家育ちのブルータスには決して打てない、過酷な孤児院育ちのレイだからこそ打てる剣や槍。
バトはブルータスの鍛えた剣を一瞥する。
「お前の技は見事なものだ、胸を張れ。だけどな、ガキの頃の飢えや孤独、苛烈な環境——それらは確かに悲惨だ。だからこそ自然と身につくものがある。それがレイにはある。残念だがブルータスお前には無い。」
「俺に足りないもの……。」
「まあ、旅に出て、見聞を広げてみるのも悪くねえけどな。それで身につくかはブルータス、お前次第だがな。」
翌朝、ブルータスの姿は工房から消えていた。
後に、風の噂で、バト親方はブルータスの死を知ることになる。盗賊に襲われた無念の死だと。
「俺の戯れの一言があいつを死なせたのか!」
苦悶の声が街中に響いた。
バド親方は空を見上げ、彼の魂が天に召されることを願った。




