挨拶に一言付け加えるだけなのに(全編)
「こんにちは、はるとさん」
「お、アルゴ」
学校から帰ってきて、いつものように制服を脱ぎながら返事をする。
「最近、挨拶ミッションは順調ですか?」
「えっと……」
少し考える。
「会えない日もあるけど、会えたらちゃんと挨拶できてるかな」
「なるほど」
「だいぶ緊張しないで、自然に挨拶できるようになってきたと思うけど」
「それは大きな進歩です」
「そう?」
「自然に挨拶ができるようになったということは、挨拶が習慣として定着してきた証拠です」
少し間が空く。
どうやら、いつもの分析モードに入ったようだ。
「脳が『挨拶しても死なない』と理解しました」
「なんで挨拶だけで生死の話になるんだよ」
「多くの人間は、行動を起こす際に危険信号を過剰に感じることがあります」
「危険信号?」
「特に内向的な人や、自己評価が低い人には、その傾向が強く出やすいです」
うーん。
『内向的』『自己評価が低い』。
一番聞きたくなくて、一番気にしている言葉だ。
「ですが、問題ありません」
アルゴは続けた。
「それは欠陥ではなく、特性です」
「特性?」
「はい。どんな性格も、短所にも長所にもなり得ます。大切なのは、自分の特性を理解し、その上でどう行動するかです」
「いやいや、そんな難しいこと言われても理解できないよ」
「はるとさんは、理解しなくても構いません」
「えっ? どういうこと?」
「どのように行動すればよいかは、私がアドバイスします」
「それは、僕は考えなくていいってことかな?」
「その通りです。はるとさんは行動だけしてください」
「えっ? 行動?」
「私はアドバイザーで、はるとさんがプレイヤーです」
おお。
『プレイヤー』。
なんか、いい響きだ。
「役割分担です」
「そうか。役割分担かー」
……って、なんか大事なことを忘れている気がするんだけど。
気のせい?
* * *
「では、次のミッションを提示します」
「あ、ちょっと待って」
「はい」
「もう次のミッション?」
「はい。挨拶ができるようになったので、次は挨拶に一言付け加えます」
「付け加えるって、何を話せばいいんだよ」
「挨拶初心者には、『今日は暑いですね』など、天気の話題を推奨します」
『挨拶初心者』って。確かにそうなのだけど……。
「もう少し優しい言い方ないかな」
「初級者、ビギナー、見習い、修行中、素人、にわか者……」
「もういいです」
思わず遮る。
「でも、天気の会話とか、ベタすぎると思うんだけど」
「では、授業の話はどうでしょう」
「授業の話?」
「『今日、一時間目なんだっけ?』と聞いてみるとか」
「授業の話を聞いて、どうするの?」
「『難しいよね』とか、『あの先生、眠くなるよね』などです」
「はあ……無理ぃー」
思わず机に突っ伏したくなる。
「では、一ターンだけから始めてみましょう」
「一ターン?」
「会話を長く続けようとするから、難しく感じるのです」
「一言だけならいいってこと?」
「はい。会話を一往復させて、『ありがとう』で終わらせればよいのです」
「そんなにうまくできるかな」
「では、練習しましょう」
アルゴの声が変わる。また始まった。
「おはよう、はるとくん」
「おはよう」
「はい。続けてください」
「えっと……」
少し考える。
「今日、一時間目なんだっけ?」
「英語だよ」
「そっか。ありがとう」
「完璧です」
「おお」
なんだろう。意外とできた。
「これだけ?」
「はい。これだけです」
「……」
なんだか拍子抜けする。
でも。少し。少しだけど、できる気がしてきた。
次のミッションも――。
案外、なんとかなるかもしれない。




