たかが「おはよう」の練習が難しすぎる
「では、実践に向けて挨拶の練習を開始しましょう」
「練習?」
「はい」
なんか、アルゴが妙にやる気満々で怖いんだけど。
「では、私が早坂美月役を担当します」
「お、おう……」
「おはようございます、田中はるとさん」
「あっ……お、おはようございます」
「いいですよ」
「え? 今のでよかったの?」
「今度は、もう少しハキハキと声を出すように意識してみましょう」
「だめだったんだ」
「だめではありません。さらに上を目指すのです」
「いやいや、挨拶に上とか下とかあるの?」
「声が小さすぎると、聞こえなかったり、自信がないように見えたりすることもあります。ですから、ハキハキと声を出した方がいいでしょう」
やっぱり、だめだったんだ……。
「もう一度してみましょう。おはようございます」
「お、おはようございます」
「素晴らしいです」
本当か?
「次は、笑顔を追加してみましょう」
まただめだったんだ……。
「人間関係の構築において、笑顔は重要です」
「コミュ障には、それが難しいんだよね」
「認識を修正してください」
「無理」
「無理ではありません。もう一度いきますね。おはようございます」
「おはようございます」
「笑顔というより、苦笑いです」
「もう勘弁してください」
「では、逆パターンを実施します」
「う~、まだやるのかよ!」
って、逆ってどういうことだ?
「はるとさんから挨拶してください」
「僕から?」
「はい」
なんだか、急に緊張してきた。
「え~と……お、おはようございます」
「おはようございます、はるとさん。今日はいい天気ですね」
「…………」
沈黙。
「…………」
さらに沈黙。
「応答を待機しています」
「無理だよ!」
「なぜですか?」
「いや、急に会話が始まったじゃん!」
「一般的なコミュニケーションです」
「その『一般的』が難しいんだよ!」
「『そうですね』で対応可能です」
「そんな簡単に言うけど……」
「実践しますか?」
「え?」
「今日はいい天気ですね」
「そ、そうですね」
「はい。終了です」
「終わり?」
「はい」
「あれ? それだけ?」
「それだけです」
なんだろう、今の会話。
小学生でもできそうだった。
「なお、会話の継続が困難な場合は、撤退を推奨します」
「撤退って……」
「挨拶後に自然に移動してください」
「それ、大丈夫なの?」
「問題ありません」
「不自然にならない?」
「多少はなります」
「なるのかよ」
「しかし、現在のはるとさんに高度な雑談は推奨できません」
反論できない。
「まずは、挨拶だけで十分です」
「そういうものかな」
「そういうものです」
アルゴの声は、珍しく穏やかだった。
「最初から完璧にできる人はいません」
「まあ……」
「大切なのは、行動することです」
「行動か……」
「問題が発生した場合は分析します」
「うん」
「原因を特定します」
「うん」
「改善案を提示します」
「便利だな」
「私は、そのために存在しています」
「……分かった」
「はい」
「とりあえず、やってみるよ」
「了解しました」
アルゴは即答した。
そして、いつもの無機質な声で言った。
「ミッション①『おはよう』を実行してください」
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その夜――。
明日のことを考えて、なかなか寝付けずにいた。
明日になれば、何か変わりそうな予感がする。
でも、分かっている。
そんな期待をするような明日は、きっと来ないことも。
いつもそうだった。何も起こらない。
何も変わらない。
でも――。
今回は違う気がする。
少しだけ。ほんの少しだけ。期待しても、いいですか?
『だめじゃないですよ』
そんなアルゴの声が、聞こえた気がした。




