文化発表会当日、優秀賞の発表もありました
【文化発表会当日】
キーンコーンカーンコーン――。
開始のチャイムが校内に鳴り響く。
zそれと同時に、僕たちの教室の前にワーッと人が集まり始めた。
「おおっ、なんだこれ!」
「このクラス、すごっ!」
「ちょっと入ってみようよ!」
他クラスの生徒たちが、吸い寄せられるように次々と教室に入ってくる。
一年生、二年生、三年生。果ては通りがかった先生まで足を止めて、感心したように展示を見上げていた。
「この年表、めちゃくちゃ細かく書かれてる!」
「アニメと実際の史実を比較してるんだ、面白!」
「見てこれ、習字もイラストもすごく上手じゃない?」
自分たちが放課後遅くまでかかって作った展示を、見知らぬ人たちが興味深そうに眺めている。
なんだか、すごく不思議で誇らしい気分だった。
そして――。
「ねえ……なんでここに宇宙船の絵があるのかな?」
数人の女子生徒が、例の宇宙船の絵の前で足を止めた。
やっぱり、そこ気になるよね。僕も気になってた。
「これは、あれじゃない?」
一人の女の子が、絵をじっと見つめながら腕を組んだ。
「「過去の歴史が流した血と汗が、未来の宇宙開拓へとつながっていく」……みたいなメッセージなんじゃない?」
「あ、そうか!」
「すごーい! 深い意味があったんだ! 分かるー!」
「……」
え。
理解できたの……!?
僕にはさっぱり分からなかったんだけど。オタクくんのあの熱弁、実はちゃんと伝わってたのか……?
その後も、教室の賑わいは途絶えることがなかった。
僕は展示を楽しんでくれている人たちの姿を眺めながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
――そして。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、文化発表会は終わりを迎えた。
体育館で行われる閉会式。
全校生徒が集まり、静かにステージ上を見つめている。
「――それでは、展示部門の結果を発表します」
マイク越しに進行役の声が響く。ほんの少しの間。
体育館全体に緊張感が走る。
「展示部門、優秀賞――」
一瞬、会場が静まり返った。
「二年A組!」
「「よっしゃあーーーーっ!!」」
一斉にクラスの席から歓声が上がった。
僕も思わず目を見開いて周りを見渡す。
美月さんが飛び切りの笑顔で拍手をしている。千夏さんも葵さんも、信じられないといった様子で目を丸くしていた。
ステージの前では、実行委員の男子が誇らしげに表彰状を受け取っている。
頭上で掲げられた表彰状に、先生方からも大きな拍手が送られた。
「実行委員のみなさん、お疲れ様でした!」
パチパチパチパチ……!
割れんばかりの拍手の中、僕は列の少し離れたところからその様子を眺めていた。
「……なんか、納得いかない」
隣から、葵さんのボソッとした呟きが聞こえた。
「え?」
「なんで実行委員があそこで表彰されてるの?」
葵さんは少し不満そうに、ステージの上を見つめている。
「クラスの代表だから、実行委員が受け取るのは普通じゃないかな」
美月さんが静かに答えた。美月さんらしい、至極もっともな意見だ。
「それは……そうだけどさぁ」
葵さんは少し唇を尖らせる。
「でも、今回一番頑張ったのは、はるとくんでしょ?」
「いやいや、そんなことないよ!」
僕は慌てて手を振って否定した。
「みんなが手伝ってくれたから完成したんだし」
「でも、最初にテーマを考えて準備を始めたのは、はるとくんでしょ?」
「それは……そうだけど」
「だったら――」
葵さんが言いかけたところで、美月さんがぽつりと口を開いた。
「……私も、本当ははるとくんに実行委員になってほしかったんだ。
そしたらはるとくんが表彰状もうけとれたんだよね」
「……」
思わず美月さんの顔を見る。
美月さんは少しだけ困ったように、でも優しく笑っていた。
「私もはるとくんに実行委員になってほしかったな」
「あ……」
千夏さんがそう思ってくれていたことは、なんとなく分かっていた。
でも、改めて面と向かって言われると、なんだか無性に照れくさい。
「正直、実行委員が手柄を持っていくみたいに見えるのは、ちょっと悔しいよ」
「ほら!」
葵さんがここぞとばかりに食いついた。
「でも……」
僕はステージの上に視線を戻した。
誇らしげに表彰状を掲げる実行委員の姿。
「僕があそこで表彰状を受け取るなんて……」
想像してみる。
全校生徒の視線が一斉に自分に集まる場面。あのスポットライト。大勢の前で礼をして表彰状を受け取る自分。
……無理だ。
絶対に足がガクガク震えて倒れる。
「……やっぱり無理だよ。怖すぎて直前で逃げ出すと思う」
自分でも呆れながら苦笑すると、葵さんが耐えきれずに吹き出した。
「あははは! なんだよそれ!」
「もう、仕方ないなぁ」
「ふふっ、でも……そこがはるとくんらしくて良いところだよね」
美月さんもクスクスと笑う。
「うん。はるとくんらしくて、すごくいいと思う」
千夏さんも笑顔で頷いてくれた。
表彰状を受け取ったのは僕じゃない。
正直、胸の奥にほんの少しだけ悔しさがなかったと言えば嘘になる。
それでも――。
この展示に、自分もちゃんと関わった。みんなと一緒に泥臭く作り上げた。
ヒロインたちがそれを誰よりも理解してくれている。
それだけで、今は十分すぎるくらいだった。
――文化発表会が終わり、後片付けもすべて完了した。
祭りのあとの教室には、いつもの静けさが戻っている。
机も、椅子も、黒板も。あんなに賑やかだった展示パネルは跡形もなく片付けられ、いつもの見慣れた風景に戻っていた。
ただ一つ違うのは――。
教室の後ろの壁に、誇らしげに一枚の表彰状が飾られていること。
僕は一人、誰もいない教室でその表彰状を見上げていた。
「……優秀賞、か」
呟いたそのとき。
「はるとくん?」
後ろから、聞き慣れた柔らかい声がした。
振り返ると、美月さんが立っていた。
「あ……美月さん」
「まだ残ってたんだね」
「うん。ちょっとだけ、表彰状を見てた」
「そっか」
美月さんが歩み寄り、僕の隣に並ぶ。
二人で並んで、壁の表彰状を見つめた。
「……嬉しいね」
「うん」
「ねえ、はるとくん」
「うん?」
「私ね……文化発表会のクラス展示って、本当はもっと実行委員の人たちだけで適当にやるものだと思ってたんだ」
「そうなの?」
「うん。授業で書いた習字とか絵を、実行委員がペタペタ貼って終わるような感じ」
「あ……そう言われれば、そうだったかも」
正直、去年の文化発表会なんてほとんど記憶にない。というか、クラス展示なんてろくに見た記憶すらなかった。
(……もしかして僕、張り切りすぎてみんなに迷惑かけちゃったのかな?)
急に不安が押し寄せてくる。
そんな僕の気持ちに気づいてか知らずか、美月さんは言葉を続けた。
「高校生の文化祭って、クラス全員で準備して、一つの大きなイベントみたいになってるじゃない?」
「ああ……うん」
アニメや漫画でよく見る光景だ。
クラス全員で放課後まで残って、看板を作ったり衣装を塗ったりして、みんなで一つのものを作り上げる青春。
陰キャの僕には、一生縁のない世界だと思っていたけれど。
「なんか、すごく楽しそうだなってずっと憧れてたの」
美月さんは照れくさそうに微笑む。
「中学でも、そんなことができたらいいなって……」
「……そうだったんだ」
「でも、私じゃどうすればいいか分からなくて」
美月さんは少しだけ眉を下げて笑った。
「だからね。展示物が増えてきたとき、ホームルームで「クラスみんなに協力してもらおう」って、私からお願いしてみようと思ってたの」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
「クラスのみんなでやれば、もっと楽しくなるかなって」
「……そうだったの?」
「うん。でもね」
美月さんが僕のほうを向き、優しく目を細めた。
「私がお話するより前に、はるとくんがクラスのみんなに声をかけて、巻き込んでくれたでしょ?」
「……」
そうだったのか。
もし僕が必死になって中村くんたちに声をかけなかったら、美月さんが一人でみんなにお願いしていたのかもしれない。
(僕がしゃしゃり出なくてもよかったのかな……ちょっと損した気分かも)
……なんて、一瞬思ったりもしたけれど。
あのときは完全に追い詰められていて、事故みたいな勢いだったのだ。
「私ね」
美月さんが再び表彰状を見上げる。
「みんなで一つのものを作れて、本当によかった」
「……うん」
僕も静かに頷いた。
「僕も最初は、こんな大事になるなんて思ってなかったけどね」
「ふふっ。でも、はるとくんがテーマを決めて、みんなに声をかけてくれたから出来たんだと思うよ」
「ううん、違うよ」
僕は首を振った。
「僕一人じゃ、何ひとつ出来なかった」
「……」
「一人で抱え込もうとして失敗して、美月さんたちが手伝ってくれて……それでも追いつかなくて。だからクラスのみんなに助けてもらって、ようやくここまで来られたんだ」
僕ももう一度、表彰状を見つめる。
「だからこの賞は、僕じゃなくてクラスみんなのものだと思う」
美月さんは、心底嬉しそうに微笑んだ。
「うん!」
そのとき――。
「おーい、やっぱりここにいた!」
教室の入口から、賑やかな声が響いた。
葵さんだ。その後ろからは千夏さんも歩いてくる。
「二人で何いちゃついてたの~?」
「えっ……!? い、いちゃついてなんかないよ!」
僕が顔を赤くして否定すると、美月さんがくすくす笑いながら助け船を出してくれた。
「ふふっ、表彰状を見てただけだよ」
「そっかー、表彰状ねー?」
千夏さんがジト目でにやにやしながら、壁の表彰状を覗き込む。
「でも、改めて見るとやっぱりすごいよね。優秀賞だもん」
「うん。本当に取れちゃったねぇ」
葵さんが誇らしげに頷き、それから僕を見てニッと笑った。
「ねえ、やっぱり今からでも「実ははるとくんがリーダーでした」って職員室に言いに行かない?」
「まだ言うの!?」
「だって納得いかないんだもん!」
「もういいってば!」
僕たちのやり取りに、みんなで思わず笑い合ってしまう。
すると、またガラリと教室のドアが開いた。
「まだ誰か残ってんのか?」
顔を出したのは、中村くんだった。その隣には佐藤さんもいる。
「中村くん? 佐藤さんも」
「忘れ物取りに来たんだけどさ……おお、優秀賞か!」
中村くんが表彰状を見て声を上げる。
「本当にすごかったよな、あの展示。他のクラスの奴らも絶賛してたぞ」
「うん、みんなで力を合わせて作った甲斐があったよね」
佐藤さんも嬉しそうに頷く。
そのとき――。
「……」
教室の入り口に、スッと影が立った。
「あ」
葵さんが気づいて声を上げる。
「オタクくん!」
オタクくんは何も言わず、すたすたと教室に入ってきた。
そして、壁に飾られた表彰状をじっと見つめる。
しばらくの沈黙のあと、彼は深く満足そうに頷いた。
「……彼らの血と涙の努力は、こうして歴史に刻まれたのだ」
「また始まったー!」
「クオリティ無駄に高いんだよねそれ!」
夕暮れの教室に、みんなの明るい笑い声がいつまでも響き渡っていた。




