文化発表会前日、展示する場所が足りません
文化発表会、前日の放課後。
夕日が差し込む教室で、作業の終わりが見えてきた頃だった。
「よし……これで全部かな」
最後の模造紙を手にした美月さんが、満足そうに教室を見渡した。
けれど、その視線がぴたりと止まる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
不思議そうに葵さんが尋ねた。
「貼る場所が……ないかも」
美月さんの言葉に、全員の視線が教室の壁へと向けられる。
壁、窓、黒板、そして教室の後ろにあるロッカーの上。使えそうなスペースには、すでに色とりどりの展示物が隙間なく敷き詰められていた。
「ほんとだ……」
千夏さんも困ったように眉をひそめる。
「まだ名場面比較もあるし、漢文の発表資料も……それにイラストだって余ってるよね」
完全に増やしすぎた。
「うーん、完全にやりすぎちゃったね」
葵さんが参ったというように苦笑する。
「でも、ここから削るのはもったいないなぁ」
「そうだね。せっかくみんなで頑張って作ったんだし……」
アイデアが出尽くしたのか、教室の中が静まり返った。
誰もが何かいい方法はないかと、腕を組んで考え込んでいる。
「あのさ……」
僕がぽつりと小さく声を漏らすと、三人の視線が一斉に僕へと向けられた。
一瞬たじろぎそうになりながらも、僕は思いついたアイデアを口にする。
「教室の真ん中……使えないかな」
「真ん中?」
美月さんが首をかしげた。
「机をいくつか重ねて……その上に暗幕とか布を張れば、パネルみたいな仕切りになると思うんだけど」
「……なるほど!」
最初に反応したのは美月さんだった。ぱっと表情を明るくする。
「中央に展示用の壁を作るってこと?」
「う、うん」
「それ、すごくいい!」
葵さんがパンッと勢いよく自分の机をたたいた。
「すごいじゃん、はるとくん!」
「そうと決まれば、さっそくやろう!」
葵さんの掛け声で、僕たちは余っている机を教室の中央へと運び始めた。
しかし――。
「うわっ!」
ガタタッ!
二段ほど積み上げたところで、机が大きくぐらりと揺れた。
「危ない!」
近くにいた男子数人が慌てて駆け寄り、机を左右から支える。
「これ、このまま積むのは結構怖いな……」
男子数人で押さえながら作業を進めようとするものの、土台がグラついてなかなか安定しない。どうしたものかと冷や汗をかいていた、そのときだった。
「おーい!」
ガラッと教室の扉が開き、入口から大きな声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは良介だった。その後ろには、文化発表会の実行委員をやっている男子二人も並んでいる。
「まだ終わってねぇのか?」
良介は教室の中を見回すと、僕たちが苦戦している様子を見て呆れたように鼻を鳴らした。
「おいおい、机を積むんなら俺らがやるわ」
「え?」
「こういう力仕事は男の仕事だろ。ほら、どいたどいた」
そう言うと、良介たちは制服の袖をまくり上げ、手際よく机を組み始めた。
「そこ押さえろ!」
「もっと奥に寄せろ!」
「あー、違う違う! そっちは向きが逆!」
テキパキと指示を飛ばしながら机をがっちりと噛み合わせていく。さっきまで準備にほとんど参加していなかったとは思えないほどの、見事な手際だった。
「おお……」
見ている間に、ビクともしない頑丈な土台が完成していく。さらにその上から、手際よく黒い暗幕が被せられ、ピンと張られた。
こうして、教室の中央に見事な大型展示壁が出来上がった。
「すごい……!」
美月さんが目を輝かせる。
「これなら、用意した展示物も全部貼れる!」
僕たちは残っていた資料やイラストを手に取り、次々と仕切り壁へと貼っていった。
そして――。
最後の一枚を、美月さんが丁寧に貼り終えたその瞬間。
パチパチパチ……と、教室のあちこちから自然と拍手が湧き起こった。
「完成ー!」
「よっしゃー、終わったぁ!」
「疲れたーっ!」
達成感に満ちた声が飛び交い、みんなが晴れやかな笑顔を見せている。
それにつられるようにして、僕の口元からも思わず笑みがこぼれた。
昨日までは、ただ押しつけられただけの面倒な作業だと思っていた文化発表会の準備。
それが今は、クラス全員で力を合わせて作り上げた、かけがえのないものに変わっていた。
クラスのみんなが「お疲れー!」と言いながら帰っていったあと。
夕闇が迫る教室には、僕と美月さん、千夏さん、葵さんの四人だけが残っていた。
静かになった教室で、四人で完成した巨大な展示を見渡す。
「最初は、年表だけだったんだよね」
美月さんが、壁に整然と貼られた年表を見つめながらぽつりと言った。
「うん」
「でも、やっぱり習字があった方が中国史っぽさが出るよね」
「そうそう。イラストもすごく上手だし、迫力出たよねー」
葵さんが感心したように頷く。けれど、ふとある場所の前で足を止めた。
「……ねえ。なんで中国史の展示に宇宙船の絵があるんだろう?」
パネルの一角には、なぜかSF映画に出てくるような精密な宇宙船のイラストが飾られていた。
「ああ、それか」
僕も前々から気になっていたやつだ。
「あれ、オタクくんが描いたやつだよ」
「なんで中国史で宇宙船なの?」
「本人に理由を聞いたら――」
僕は彼の熱弁を思い出して説明する。
「『彼ら英雄たちが流した血と涙が、現在の我々の文明を築いているのだ。そして、それは輝ける未来の宇宙開拓へとつながっているのだ』……だそうです」
「……壮大だね」
美月さんが苦笑いする。
「意味はさっぱり分からないけど、絵のクオリティは無駄にすごいよね」
葵さんも妙に感心した様子で宇宙船を眺めていた。
そんなふうに和気藹々と展示を見ていた、そのとき。
「……あ、ちょっとゴミ整理してこようかな」
千夏さんが唐突にそんなことを言い出した。
「ゴミ? 何か残ってたっけ?」
美月さんが不思議そうに首をかしげる。
「うん。ちょっと気になることがあって。すぐ見てくるだけだから」
「そうなの?」
まだ納得いっていない様子の美月さんに向かって、千夏さんは隣の葵さんへチラッと視線を送った。
「葵ちゃんも一緒に来てくれる?」
「え? あー……うん! そうだね、行こうか!」
察しのいい葵さんがすぐに理解して立ち上がる。
「じゃ、ちょっと行ってくるねー」
「うん」
二人はそのまま、足早に教室を出て行ってしまった。
ガラリ、とドアが閉まる音。
「……」
一瞬で静まり返る教室。
……ということは。
今、僕と美月さんの二人きりになったということだ。
「……」
急に何を話せばいいのか分からなくなった。
気まずい。さっきまでみんなで騒いでいたのに、二人になった途端、教室が妙に広く感じる。
僕は平静を装うために、壁に貼られた展示物をぼんやりと眺めた。
「……なんか、いろんな人の字があるね」
美月さんが、ぽつりと呟いた。
「あ……うん」
言われて改めて見ると、確かにそうだった。
習字の文字だけじゃない。年表を書いた人、説明文を書いた人、イラストに添え字を書いた人。それぞれの個性豊かな文字や絵が、一枚の大きなパネルの上に並んでいる。
「いろんな人が書いたからだね」
「うん」
美月さんが、柔らかく微笑む。
「最初は、こんな賑やかな展示になるなんて思ってなかったな」
「僕も」
最初は、言われるがままに最低限の展示物を作るだけだと思っていた。それが、いつの間にかこんなにたくさんの想いやこだわりが集まっている。
「みんなでやると、こんな感じになるんだね」
「……そうだね」
美月さんは、どこか愛おしそうに展示全体を見渡した。
「なんか、すごくいいね」
「うん」
オレンジ色の夕暮れの中、少しだけ心地よい沈黙が流れる。
「……明日、みんなに見てもらえるの楽しみだね」
「うん」
美月さんがふっと笑った。
「みんな、どんな反応するかな」
「真っ先に宇宙船に誰かが突っ込むんじゃない?」
「ふふっ、それは絶対ありそう」
美月さんが楽しそうに笑う。
そのとき――。
「ただいまー」
ガラッと教室の後ろのドアが開き、葵さんの明るい声が響いた。
「……!」
思わず背筋を伸ばして振り返る。
葵さんの後ろから、千夏さんもすました顔で戻ってきた。
「ゴミ、ちゃんと整理してきたよ」
「……本当に?」
僕が突っ込むと、千夏さんは少しだけ視線を泳がせた。
「本当だよ?」
「なんか怪しいなぁ……」
「はると、余計な追及はしないの」
葵さんがニヤニヤしながら僕の脇腹を小突く。
「すみません……」
「でもまあ、ちゃんとキレイにしてきたから大丈夫!」
葵さんが笑うと、千夏さんが何食わぬ顔で教室を見渡した。
「……で、二人で何話してたの?」
「文化発表会の話だよ」
美月さんが無邪気に答える。
「明日、みんながどんな反応をするかなって」
「ふーん?」
千夏さんがなぜかにやにやと口元を緩めている。
「確かに楽しみだね」
葵さんも展示を眺めながら頷いた。
「ここまでやったんだから、いろんな人に見てもらいたいよね」
「そうだね」
美月さんが嬉しそうに笑う。
葵さんが再び宇宙船の絵を指差した。
「でも私、やっぱりこっちの反応が一番楽しみかも」
「やっぱりそこ?」
「だって絶対気になるじゃん!」
「まあ……分かるけど」
「明日、絶対誰かしら理由を聞いてくるよ」
「そのときは、本人から熱く語ってもらいましょう」
僕が言うと、三人がドッと笑った。
四人で、完成した展示を改めて見上げる。
最初は、僕一人に押しつけられた厄介ごとだと思っていた。
面倒で、大変で、何度も逃げ出したくなった。
でも――。
今、目の前にある展示は、僕一人では絶対に作れなかったものだ。
クラスのみんなが作ってくれたもの。
美月さんや千夏さん、葵さんが手伝ってくれたもの。
中村くんや佐藤さんも、オタクくんも。
みんなが少しずつ関わって、ここまで形になった。
「……なんか、すごいね」
美月さんがぽつりと呟いた。
「うん」
「明日、みんなに見てもらえるの楽しみだね」
「……うん」
いよいよ明日、文化発表会本番だ。
――その夜。
「はるとさん。こんばんは」
「……」
「はるとさん?」
「スー……スー……」
「……連日の作業、お疲れ様でした。おやすみなさい」¥




