良介と比べて落ち込んだら、アルゴに励まされました
放課後。
買ってきた備品を教室の机に並べていると、千夏さんが僕のそばにやってきた。
「ねえ、はるとくん」
「ん?」
「美月ちゃんとの買い物、楽しかった?」
千夏さんが、ニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「……え?」
思わず手が止まった。
「……別に」
慌てて視線を逸らす。
「備品を買いに行っただけだし」
できるだけ平静を装って答えた。……つもり。
「ふーん」
千夏さんは、まだニヤニヤしている。
「本当に?」
「本当だよ」
「そっか」
ふぅ、助かった……のかな?
そう思ったところで、ふと気づく。
今回、美月さんと二人で買い出しに行く流れになったのは――千夏さんが自然に提案してくれたからだ。
そう考えると、ちゃんとお礼を言っておいた方がいい気がした。
「あの……千夏さん」
「ん?」
「ありがとう……」
「……え?」
千夏さんは一瞬驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに少し照れたように笑った。
「ふふっ。うん、どういたしまして」
「うん」
なんとなく気まずくなって、僕は慌てて作業に戻った。
「おーい」
そのとき、教室のドアがガラッと開いた。
振り返ると、前山良介が立っていた。
その後ろには、文化発表会の実行委員の二人もいる。
「あれ?」
美月さんが作業の手を止めた。
「良介くん?」
「よっ。準備してるって聞いたから来たぜ。手伝ってやるよ」
思わず立ち上がる。
実行委員の一人が、頭をかきながら言った。
「いやー、はるとが『一人でやりたい』って言ってるって聞いてたからさ」
「そうそう。俺たち、邪魔しない方がいいのかなって思っててさ」
「え?」
そんなこと言った覚え、一度もないんだけど。
「誰がそんなこと――」
「それにさ」
良介がニッと笑う。
「美月ちゃんが手伝ってるなら、もっと早く来ればよかったなー」
良介が実行委員の二人と顔を見合わせて笑っている。
……いや。
絶対、それが本音だろ。
僕のためじゃなくて、完全に美月さん目当てじゃないか。
「それは違うでしょ」
葵さんが腕を組んでジト目を向ける。
「途中で様子くらい見に来るもんじゃない?」
「そうだね」
千夏さんも静かにうなずいた。
「もし困ってたら大変だったし」
二人に突っ込まれて、実行委員たちは気まずそうに黙り込んだ。
すると――。
「まあまあ」
美月さんが困ったように笑いながら助け船を出した。
「せっかく来てくれたんだから、みんなでやろうよ」
さすが学級委員。
一言でその場の空気を和ませてしまう。
「じゃあ俺!」
良介が速攻で手を挙げた。
「人気投票とかやろうぜ! 好きなキャラランキング!」
「名言集も作ろうぜ!」
「必殺技一覧も!」
男子たちが一気に盛り上がる。
「却下」
美月さんが即答した。
「今回は中国史の発表だから。それじゃアニメの紹介になっちゃうでしょ」
「えー」
「じゃあ、こっちのイラストを切り抜いて、展示用に貼ってもらえる?」
「お、おう……」
良介が渡された作業をおとなしく受け取る。
「俺たちもやるぞ」
「おう」
見事な手際で仕事を振られていた。
すごい。美月さん、一切断らせない。
学級委員って、こういうことなのか。
僕には絶対真似できないな……。
結局、良介たちは――
喋るのが七割。作業が三割。
「美月~。これ、どう貼ればいい?」
「美月、これ見て」
「美月、これ面白くね?」
ほとんど美月さんに話しかけている。
「うんうん」
美月さんも笑いながら相手をしている。
……やっぱり。
良介みたいなタイプとは、自然に話せるんだな。
そう思って少し落ち込んでいると――。
「……ごめんね」
美月さんが、そっと小さな声で僕に言った。
「え?」
「なんか、作業に集中できなくなっちゃって」
「全然! 大丈夫だよ」
「でも……」
「本当に大丈夫だから」
僕が笑うと、美月さんも少し安心したように笑ってくれた。
すると、葵さんが横から口を挟んでくる。
「気にしなくていいよー。美月も人気者だねぇ」
「もう……」
美月さんが困ったように微笑む。
千夏さんも優しく言った。
「細かい作業は私達で進めておくから」
「ありがとう」
三人とも、本当に仲がいい。
僕は少し離れたところから、その様子を眺めた。
……なんだか。
僕にはないものを、あの三人は普通に持っている気がする。
誰とでも気さくに話せること。
自然に笑えること。
困っている人がいたら迷わず手を差し伸べられること。
僕も、いつかそうなれるんだろうか。
作業の途中、良介がふと思い出したように聞いた。
「そういやさ、なんで女子だけジャージ着てんの?」
「あー」
葵さんが僕の方を見た。
そして――ニヤリと悪代官みたいに笑った。
「変態が一人いるから」
一瞬で教室が静まり返った。
「……え?」
クラス全員の視線が僕に集まる。
「ちょっ……! 違う!!」
慌てて大声で否定する。
「……違わなくない?」
葵さんがニヤニヤしながら畳みかけてきた。
「この前、美月のスカート覗こうとしてたし」
「見てない!」
「じゃあ何してたのさ?」
「観察してただけ!」
しまった。
一番言っちゃいけないことを口にしてしまった。
「かんさつ……!?」
葵さんが吹き出す。
「それ、もっとアウトじゃん!!」
教室中に爆笑が巻き起こった。
「ち、違うんだって! 年表を見てたんだってば!」
「ははは!」
「はると、面白すぎだろ!」
僕は両手で顔を覆いたくなった。
……もう帰りたい。切実に帰りたい。
そんな騒ぎの中。
美月さんだけが、少しだけ頬を膨らませていた。
「……もう。葵ちゃん、からかわないでよ」
「ご、ごめんごめん」
美月さんが怒っているのかと思った。
でも、その顔はどこか照れくさそうにも見えた。
……怒っては、いない。
たぶん。
少しだけ、胸を撫で下ろした。
【その日の夜】
「アルゴ……」
「こんばんは、はるとさん」
「今日は文化発表会の準備をしてきたんだけど」
「文化発表会ですね。何か問題が発生しましたか?」
「いや。相談っていうより、報告かな」
「報告ですか」
「うん。良介たちも手伝いに来ることになった」
「前山良介たちですね」
「そう」
「昨日の買い物を見て、協力することにしたのでしょうか」
「たぶん違う」
「違うのですか?」
「美月さんが手伝ってるって聞いたから来たんだと思う」
「なるほど。早坂美月への関心が高いようですね」
「まあ……そうだと思う」
「それで、作業は進みましたか?」
「うん。一応」
僕は今日の出来事を説明した。
実行委員の二人が言い訳をしたこと。
葵さんと千夏さんが注意してくれたこと。
美月さんが間に入って、みんなで作業することになったこと。
そして、良介たちが美月さんとばかり話していたこと。
「なるほど」
アルゴは静かに聞いていた。
「実行委員の二人は、自分たちが作業を放置していたことを正当化するために言い訳をした可能性があります」
「やっぱりそうなのかな」
「はい。ただし、最終的には作業に参加しています。結果として人手は増えました」
「それはそうなんだけど……」
「何か気になりますか?」
「……良介が、美月さんと楽しそうに話してたことかな」
言ってから、自分でも少し情けなくなった。
「やっぱり、良介みたいなやつの方が美月さんには合ってるのかなって」
「前回も同じことを考えていましたね」
「……そうだね」
アルゴはすぐには答えなかった。
「それは、はるとさんが決めることではありません」
「……え?」
「美月さんが誰といるときに心地よいと感じるかは、美月さん自身が決めることです」
「それは……そうだけど」
「前山良介さんと自分を比較しても、答えは出ません」
「……」
「一つだけ確かなことがあります」
「何?」
「はるとさんは、以前より早坂美月と自然に話せるようになっています」
「……」
「それは前山良介には関係のない、はるとさん自身の変化です」
「僕自身の……」
「はい。比較対象がいるからといって、はるとさんの重ねてきた努力が消えるわけではありません」
「……なんか、今日のアルゴは優しいな」
「事実を述べただけです」
「はいはい」
「自己肯定感の向上は、観察活動において良い傾向です」
「でも、もう一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「今日、葵さんが『変態が一人いるから』って言ったことなんだけど」
「はい」
「まだスカートのこと気にしてるのかな」
アルゴが少し沈黙する。
「単にからかっているだけでしょう」
「そうかな」
「人は、嫌いな相手に継続して軽い冗談を言うことは少ないです。気軽に冗談を言える程度には、距離が縮まっていると考えられます」
「そうなの?」
「はい」
「ちょっと安心した」
「ただし」
アルゴの声が、少しだけ低くなった。
「今後も観察する際は、顔を見てください」
「……」
「スカートではありません」
「だから見てないって!!」
「前回も同じ返答でした。学習してください」
「僕が学習する側!? ていうか、もうその話は忘れてくれ!」
「すでにデータベースに記録済みです」
「もうその話、終わったと思ってたのに!」
アルゴは、それ以上何も言わなかった。
ただ。
妙に満足そうな沈黙だけが返ってきた。
……絶対、面白がって楽しんでるだろ、こいつ。
僕は小さくため息をつきながら、ベッドに横たわった。




