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美月さんと買い物に行ったら、少しだけ距離が縮まった気がした

「千夏ちゃん、葵ちゃん。買い物行ってくるから、よろしくね」

「大丈夫。準備は進めておくから、必要なものの買い出しをお願いしますね」

「お土産買ってきてね」

「ふふふっ、葵ちゃん。学校の用事で行くだけだから、お土産なんて買ってこないわよ」

「ははっ。分かってるって。冗談だよ」


「じゃあ、はるとくん。行こうか」

「はるとさん。楽しんできてね」


千夏さんが、すれ違いざまに小さな声で囁いてきた。


歩きながら、美月さんと並んで歩く。

やっぱり、すごく緊張してしまう。


「まだまだ暑いね」

「うん」


うっ。

美月さんがせっかく会話のきっかけを作ってくれたのに、うまく返せない。


どうしよう。

『目的は文化発表会です』

アルゴの声が頭に響く。


そうだ。

緊張したら目的を思い出して……って、で、どうするんだ?

まだ買い物してない。買い物、買い物……。


あっ。

買い物リスト。


「えっと、美月さん。一応、買わないといけなさそうなものを書き出してきたんだけど」


メモ帳を取り出す。


「へー。見せて」


美月さんが覗き込んできた。


近い。

近い近い近い。


肩が触れそうだ。

すごくいい匂いもする。

……僕の鼻の穴、広がってないか?


いや、落ち着け、僕。


冷静さを取り戻すように、メモの内容を読み上げた。


「マジック、マーカー……あと、買うか迷ってるものもあるんだけど」

「なに?」

「うん。定規と修正液とか」


美月さんは少し考えた。


「定規はあった方がいいかな。修正液は、紙を切って貼った方が綺麗かも」


おー。そうか。

さすが美月さんだ。


「いくつくらい買おうか?」


あ。数までは考えてなかった。

どうしよう。


「マジックは多めにあった方がいいわね。十本くらいあればいいかな」

「うん、そうだね」


美月さんがてきぱきと決めていく。


買い物リストが完成したところで、ちょうど駅前のショッピングセンターに到着した。


「じゃあ、最初は百円均一。その後で文房具屋さんに行こう」


迷いのないリード。ここでも完璧だ。


百円均一に入り、必要な物をどんどんカートに入れていく。


「残りは文房具屋さんで探そう」


そう言って、美月さんがレジへ進む。


「袋はご利用ですか?」

「あ」


マイバッグ持ってくるの忘れた。


「大丈夫でーす」


美月さんがカバンからすっとマイバッグを取り出した。

万全の準備だ。完璧すぎる。

僕も準備はしっかりしてきたつもりだったのに……。


少し落ち込んでいるうちに、袋詰めも終わっていた。


「次は文房具屋ね」


そう言いながら、美月さんはマイバッグを肩に掛けようとする。


「あっ、それ、僕が持つよ!」


慌ててマイバッグの持ち手をつかんだ。


「そう? 重いよ?」

「全然! 問題ないよ」

「じゃあ、お願いするね。ありがとう」


ふぅ、危ない。

落ち込んでる場合なんかじゃなかった。

買い出しに集中しないと。


文房具屋でも、てきぱきと買い物を済ませる。


「あとは、イラストの参考になるような資料だね」


美月さんが店内を見回す。


「これは本屋さんだね」


二人で本屋に向かうことにした。


本屋で資料を探しながら、思い切って話しかけてみた。


「美月さんって、普段本読むの?」

「え? うーん、そんなに読まないかな」

「そうなんだ」

「推理小説くらいなら読むよ」

「推理小説か……今度読んでみようかな。おすすめってある?」

「最近のじゃないけど、コナン・ドイルかな」


コナン……あぁー、あれか! それなら知っている。


「『名探偵コナン』なら、僕も読んだことあるよ!」

「え? やだー、違うよ! それは漫画でしょ。コナンって作家の名前だよ」

「えっ。あれ? そうなの?」

「ふふっ、まあ、そこから主人公の名前にしたんだと思うけど」

「ははは……そうか。僕、あんまり本読まないから……」

「うん。そうみたいだね。ふふふ」


美月さんが楽しそうに笑う。


結局、本屋では資料になりそうな本が見つからなかった。


「どうしようか……」

「アニメショップ、行ってみる?」

「アニメショップ?」

「うん、三階にあるよ」

「あるのは知ってるけど……アニメショップなんて行ったことないわ」

「そうなの? アニメ関連の本もあるから、もしかしたらあるかもしれないと思って」

「ふーん。じゃあ、ちょっと行ってみようか」


「わぁ……!」


アニメショップに着くなり、美月さんが感嘆の声を上げた。


「すごい……! あのキャラ、かわいい! こんなのもあるんだ!」


まるで、おもちゃ屋に来た子どものようにはしゃいでいる。

商品を一つひとつ手に取っては、楽しそうに眺めている。


「……あのー」


遠慮がちに声をかけた。


「先に資料を探してから、あとでゆっくり見ようか」

「あ。うん、そうだね!」


名残惜しそうに商品を棚へ戻し、書籍コーナーへ向かう。


「アニメ関係の本も、こんなにいっぱいあるんだ」


アニメのコーナーには原作本やイラスト集、設定資料集などがずらりと並んでいた。


「これなんか、どうかな」


僕は『覇王戦記』の設定資料集を手に取って、美月さんに見せた。


「いいんじゃない! でも……」


美月さんが値段を見て固まる。


「意外と高いね……」


先生から預かった部費のお金では、ちょっと買えそうにない。

でも、この本……前から僕が欲しかったやつだ。


「僕が買おうかな」

「え? いいの?」

「うん。これ、前から欲しかったんだ」

「え、本当に? 大丈夫?」

「うん。本当に前から買おうと思ってたんだ」

「そっか。じゃあ……お願いしちゃおうかな」

「うん」


その後も、少しだけ店内を見て回る。


「これ、かわいい」


美月さんがキャラクターの消しゴムを手に取った。

……なんのキャラクターだろう。

正直、僕にはかわいいとは思えない。なんというか、シュールで微妙な絵だ。


「これ、買っちゃおうかな」


美月さんは絵柄違いの二つを手に取った。

え、それ本当に買うの? しかも二つも。


すると美月さんが、そのうちの一つを僕に差し出してきた。


「はい。ひとつは、はるとくん」

「え?」

「さっきの本のお礼」

「え……あ、うん。ありがとう」


反射的に受け取ってしまった。


これって……おそろいってこと……!?


動揺する僕の横で、美月さんは嬉しそうに消しゴムを眺めながら微笑んでいた。


買い物を終えた僕たちは、フードコートで少し休憩していくことになった。

ジュースとポテトを買って、向かい合わせの席に座る。


「……」


緊張する。

何か話さないと。

そう思うのに、言葉が出てこない。

というか、話題がない。頭が全然回らない。


とりあえずジュースを一口飲む。

ポテトを一本つまむ。


……何か話さないと。


「えっと……」


僕は買い物リストを取り出した。


「買い忘れはないかな?」

「うん、大丈夫だと思う」

「……」


また沈沈黙。

ポテトを一本つまむ。


そのとき、美月さんが口を開いた。


「ねえ」

「うん?」

「今回さ……」


美月さんが少し迷うように僕を見る。


「本当は、一人で準備したかった?」

「え?」

「私たち、邪魔しちゃったのかなって」


そんなことを考えていたのか。


「そんなことないよ!」


僕は慌てて首を振った。


「一人より、全然楽しい」

「そっか」


美月さんが安心したように笑う。


「よかった。ありがとう」


少しだけ温かい沈黙が流れる。

僕はポテトをつまんだ。


すると、美月さんがもう一度口を開いた。


「ねえ、もう一つ聞いていい?」

「うん」

「最近、朝よく会うようになったよね」


ドキッ。


「えっと……朝、起きられるようになって」

「ふーん」


美月さんがくすりと笑う。


「私達と一緒に登校するためかと思った」

「……!」


心臓が跳ねた。


「ちょっと期待したのにな」

「……え?」

「……なんてね」


美月さんがいたずらっぽく笑う。


それ、冗談だよね。

たぶん。いや……絶対に冗談だ。

そう思わないと、心臓がもたない。


美月さんがポテトを一本つまみながら、ふと僕を見る。


「はるとくんって……」

「うん?」

「話しやすいね」

「え?」


意外だった。


「私ね」


美月さんは少し視線を落とした。


「男の子と話すの、ちょっと苦手なんだ」

「何を話したらいいのか分からないし」

「なんか、無理して話してる感じになっちゃうし」


少しだけ照れたように笑う。


「だから……はるとくんとは話しやすくてよかった」


その言葉だけで。

今日は買い出しに来て、本当によかったと思えた。


そのときだった。


「おー、美月!」


突然、後ろから声が響いた。

振り返ると、前山良介だった。


「こんなところで何してんの?」


そう言いながら、良介は僕たちのテーブルにあるポテトを、当たり前のように一本つまんだ。


あ。

それ、美月さんのポテト……。勝手につまむなよ。


良介が僕に気づく。


「あれ? はるともいるじゃん。買い物?」

「あ、うん。文化発表会の備品を買いに来たんだ」

「ふーん。文化発表会ね」


良介はまたポテトをつまんだ。

そして、ごく自然に美月さんの隣の席へ腰を下ろした。


「そういやさ、この前のドラマ見た?」

「見た見た!」


そこから、二人の会話が始まった。


テレビ。ゲーム。部活。

次々と話題が出てくる。

美月さんも、さっきまでの落ち着いた雰囲気とは違って、楽しそうに大声で笑っている。


……あれ?


さっき、男の子と話すのが苦手って言ってたよね。

じゃあ、これは……?


僕だから話しやすいって意味じゃなくて。

気を使わせない、ただの『害のないやつ』だからなのかな。


やっぱり、良介みたいなやつとは、普通に楽しそうに話すんだ。


当たり前だ。

明るくて、かっこよくて、誰とでも話せて。

僕とは正反対だ。


さっきまで胸の奥にあった温かい気持ちが、しゅんと小さく萎んでいく。

冷たいものが、じわじわと胸に広がる。


しばらくして、良介が立ち上がった。


「じゃあ、俺そろそろ行くわ」


そう言って、最後のポテトをつまんだ。


……最後の一本まで食べるのかよ。


「また明日な、美月」

「うん。またね」


良介はヒラヒラと手を振ると、別の友達グループのところへ去っていった。


「……遅くなっちゃったね」


美月さんが席を立つ。


「そろそろ帰ろうか」

「う、うん」


慌ててジュースを飲み干し、僕も立ち上がった。

鞄の中の小さな消しゴムが、なぜか少し重く感じられた。

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