美月さんを見ていたら、葵さんにからかわれました
作業は思ったより順調だった。
「じゃあ、私は年表を書くね」
美月さんが床に大きな模造紙を広げる。
「私は人物紹介!」
「私は参考資料をまとめますね」
三人とも手際がいい。
気がつけば、自然に役割分担が終わっていた。
僕はというと――。
「じゃあ……資料を探してくるよ」
結局、一番地味な担当になった。
でも、それくらいがちょうどいい。
リーダーなんて絶対無理だし。
しばらくすると、床に広げた模造紙に向かって、美月さんが四つん両いになって年表を書いていた。
「ここが秦の統一で……」
ものすごく真剣だ。
字もきれいだな。
そう思いながら見ていると――。
「……はると」
ビクッ。
「どこ見てるの?」
葵さんだった。
「え?」
「さっきから、美月ばっかり見てるじゃん」
「違うよ!」
「見てた見てた。スカートの中を覗こうとしてたよ」
「してない!」
その声に、美月さんも顔を上げた。
少しだけ頬を膨らませている。
「年表! 年表を見てたんだって!」
「ほんとかなぁ?」
葵さんがニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んでくる。
「あ……だから……きれいだなって……」
「え?」
美月さんが目を丸くする。
「は?」
葵さんも固まった。
「いや、違う。違わないけど!」
何を言ってるんだ、僕。
「字が……その……年表の字がきれいだなって」
「なんだ、字かぁ」
葵さんが笑う。
「びっくりした」
千夏さんが苦笑した。
「葵さん、からかいすぎだよ」
「だって面白いんだもん」
「はるとくん、困ってるよ」
「ご、ごめんって」
全然悪いと思っていないな。
美月さんが立ち上がりながら、僕に笑いかける。
「はるとくん。字を褒めてくれてありがとうね」
「う、うん……美月さん」の字、きれいだと思ったから」
言えた。
今度はちゃんと名前を入れて言えた。
……ちょっとだけ恥ずかしい。
「ありがとう」
美月さんが嬉しそうに笑った。
よかった。
美月さんは気にしてないみたいだ。
少し安心していると、美月さんが続けた。
「ちょっとジャージを取ってこようか」
「じゃあ、私も行くー」
「私も行きますね」
三人は更衣室へ向かって、教室を出ていった。
【その日の夜】
「アルゴ……」
「こんばんは、はるとさん。調子はいかがですか?」
「今日さ、こんなことがあって……」
僕は文化発表会の準備中にあった出来事を話した。
葵さんにからかわれたこと。美月さんに声をかけられたこと。
そして、名前で呼んだこと。全部。
数秒後。アルゴが答えた。
「観察の方法が間違っています」
「またそれ?」
「観察とは情報収集です。対象の身体を観察することではありません」
「だから、そんなことしてないって。年表を見てたんだよ」
「しかし、中学生の時期に異性の身体が気になり始めること自体は、自然な現象です」
始まった。
アルゴ先生の講義だ。
「思春期には異性への関心が高まります。これは生物学的に正常な反応です」
「うん……」
「しかし」
アルゴが少し間を置いて続ける。
「相手が不快に感じるような視線は避けるべきです。じっと見つめたり、露骨に視線を向けたりすると、相手は『見られている』と感じ、不快感や警戒心を抱く可能性があります。恋愛においては、マイナス要因になります」
「だから、そんな見方してないって。本当に偶然なんだから」
「偶然でも、相手からは区別できません」
「ぐっ……それは、その通りだけど」
反論できない。
「今後は、相手の顔や会話、行動を観察してください」
「はい……」
「ところで」
アルゴが話題を変えた。
「文化発表会の準備はどうでしたか?」
少し考える。
「なんか……一人でやるより、みんなでやるほうが楽しいかな」
「早坂美月を見られるからですか?」
「えっ。違う! 違うよ!」
思わず叫んだ。
「いや、そりゃ……少しは意識するけど」
そこで一度言葉を止める。
「それだけじゃなくて……みんなで何かを作るって、思ってたより楽しかったんだ」
アルゴは少しだけ沈黙した。
「文化発表会は、展示物を作るだけではありません」
「……うん」
「人間関係も作っています」
「今日はちょっといいこと言うね」
「高性能チップ搭載ですので」
「最後にそれ言う?」
「事実です」
「はいはい」
「では」
アルゴが続ける。
「引き続き、早坂美月を――」
嫌な予感がした。
「適切に観察してください」
「やっぱりこれか!」
「何か問題がありますか?」
「だから、その言い方が誤解を招くんだって!」
「桜井千夏も忘れずに観察してくださいね」
アルゴは僕の抗議を無視して付け加えた。
「……千夏さんも?」
思わず、その名前が口から出た。
「はい」
「……」
なんだろう。
美月さんだけじゃない。葵さんや千夏さんとも、前より話すようになっている。
文化発表会の準備を始めただけなのに、少しずつ僕の周りが変わってきている気がした。




