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挨拶を続けたら

「お、おはよう」


中村くんに挨拶をしてみる。


「お、おぅ。おはよぅ」


少しぎこちないが、挨拶を返してくれた。


横にいた佐藤さんが、明らかに『次は私でしょ?』という顔でこっちを見ている。


……これは挨拶を期待してるんだろうな。

僕にも分かる。


「おはようございます。さとうさん」

「おっはよぉー、はると!」


満面の笑みで、明るく返してくれた。


おー。なんだか気持ちいい。

こっちまで元気になる気がする。


『挨拶は笑顔ではきはきとしましょう』


アルゴがそんなことを言ってたっけ。


後ろの席。

よし。今度はできるだけ明るく言ってみよう。


「おはよう」

「……」


返事はなかった。


……元気が足りなかったらしい。


【数日後】


「おはよう」

「お、おはよう」


前の席の中村くんが振り返る。

もう、固まられなくなった。


中村くんは教科書を取り出しながら言った。


「そういえば、この後の授業ってなんだっけ?」

「えっと……国語だったかな」

「あー……」


中村くんが露骨に嫌そうな顔をした。


「またあの先生か」

「嫌なの?」

「声ちっちゃくて、眠くなるんだよな」

「ああ……」


それは分かる。

すごく分かる。


「ぼそぼそ流してるよね」

「だろ?」


なんか、会話が成立した。


すごい。

たったこれだけなのに、すごい。


【昼休み】


「はるとー」


隣から声が飛んできた。佐藤さんだった。


「昨日のドラマ見た?」

「ドラマ?」

「見てない?」

「うん」

「マジかー」


佐藤さんは大げさに肩を落とした。


「じゃあ、テレビとか何見るの?」

「えっと……」


言うべきか。少し迷う。

でも、嘘をついても仕方ない。


「アニメかな」

「へぇ」


意外にも、笑われなかった。


「どんなの?」

「歴史ものとか」

「渋っ」


笑われた。

でも、馬鹿にされた感じではない。たぶん。


「私は歌番組ばっか見てるなー」

「そうなんだ」


歌番組。そこで、ふと頭をよぎる。


(――たこたこ8)


聞くか? いや。やめよう。絶対やめよう。

これはアルゴ案件だ。ろくなことにならない。


一方、後ろの席。


「おはよう」

「……」


返事なし。今日もなし。

記録更新中である。


「……」


ちらっと、こちらを見る。

そして、またノートへ視線を戻す。


難易度が高すぎるだろ。

早坂さんより難しいんじゃないか。


【放課後】


「アルゴー」

「おかえりなさい、はるとさん」

「最近さ」

「はい」

「中村くんとは、少し話すようになった」

「ほう」

「佐藤さんとも、少し話せた」

「素晴らしい進歩です」

「いや、ほとんど向こうから話しかけてくれるだけだけどね」

「会話とは、片方だけでは成立しません」

「つまり?」

「はるとさん自身に、会話能力がないわけではありません」

「えっ」


思わず聞き返す。


「そうなの?」

「はい」


アルゴは即答した。


「会話のきっかけを作る能力が低いだけです」

「微妙にひどくない?」

「しかし、返答する能力はあります」

「そうかな」

「国語の授業の話」

「うん」

「先生が眠くなるという話」

「うん」

「テレビの話」

「うん」

「どれも正常に会話できています」


言われてみれば、そんな気もしてきた。


「つまり」


アルゴが結論を出す。


「問題は、会話の開始部分です」

「開始部分か」

「はい。彼らは、その部分を代行してくれています」

「なるほど」

「会話の糸口を作ってくれています」

「うん。でも、その糸口を作るのってどうしたらいいの?」

「彼らからそれを学んでください」

「学ぶ?」

「それが、今回のミッションの狙いだったんです」

「えっ、そうだったの?」

「中村淳、佐藤美咲。非常に優秀な人材です」

「人材って言うな」


なんだかよく分からないけど、このミッションにもちゃんと目的があったらしい。

ただの寄り道だと思っていたけど。


……いや。それは今も少し疑っている。


「それなら、後ろの席の人はどうなんだろう」

「観察結果を報告してください」

「相変わらず絵を描いてる」

「はい」

「話しかけても返事しない」

「はい」

「でも、無視というより、緊張してる感じなんだよな」

「興味深いですね」

「そう?」

「はるとさんと同じタイプの可能性があります」

「やめて」

「コミュニケーションを避ける者同士です」

「やめろって」

「鏡を見ているような気分ですか?」

「うるさいな!」

「オタク少年。彼も非常に優秀な人材です」

「だから、人材って言うな」

「彼からも学べるものがあります」


アルゴは、相変わらずだった。


なんだか今回のミッションは先が長くなりそうだ。

本当にアルゴの言う通り目的があったとしたら、だけれど。


でも。

早坂さん以外にも、挨拶できる人が増えた。

本当に、少しずつだけど、クラスで話す人も増えてきている気がする。


……後ろの席以外は。

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