早坂さんの好きなものを調べたら
「はるとさん。こんにちは」
「あ、アルゴ」
「今日は有効な情報を提供します」
「有効な情報?」
少し期待してしまう。
最近は挨拶もできるようになったし、会話も少しずつ増えてきた。
そろそろ恋愛攻略っぽい話が来るのかもしれない。
「はるとさんは、情報収集が苦手です」
「うるさいな」
「そのため、私が代行しました」
嫌な予感がした。
「早坂美月について、公開されている情報を調べました」
「おい」
「本人が公開していると思われる情報から、趣味や興味を分析した結果――」
「ちょっと待て」
嫌な予感がさらに大きくなる。
「前に、ネットでこそこそ検索するのは暗いやつのすることだって言ってなかった?」
「公開情報の収集は、情報戦の基本です」
「情報戦ってなんだよ」
「敵を知り己を知れば、百戦危うからずです」
「だから、なんで恋愛が戦いになってるんだよ」
アルゴは僕の抗議を無視して続けた。
「分析の結果、早坂美月は『たこたこ8』というアイドルグループに興味を持っている可能性が高いと判断しました」
「……たこたこ8?」
初めて聞く名前だった。
「はい。八人組の女性アイドルグループです」
「へぇ……」
意外だった。
「早坂さんって、アイドルとか見るんだ」
「人間の興味や関心は、他者から見えている人格と一致するとは限りません」
「また難しいことを言い出したな」
「つまり、人は見た目だけでは分からないということです」
「それなら最初からそう言ってくれよ」
「この情報を活用して、早坂美月との会話につなげましょう」
「いや、そもそも僕、そのグループ知らないんだけど」
「問題ありません」
アルゴの声が、少し誇らしげになった。
「今から学習します」
「……え?」
――その後、三十分。
僕は延々と、たこたこ8の結成秘話、メンバー紹介、人気楽曲、代表曲、ライブ映像、さらにはファンの間での人気ランキングまで聞かされた。
「……もういい」
「まだ三人目のメンバーの紹介が終わっていません」
「知りたくないよ!」
「重要な情報です」
「恋愛するのにメンバー全員のプロフィールが必要なの?」
「備えあれば憂いなしです」
「その備え、過剰じゃない?」
ようやく説明が終わった頃には、僕の頭の中はすっかり『たこたこ8』で埋め尽くされていた。
「……で」
僕は疲れ切った声で言う。
「明日の朝、挨拶のときに『たこたこ8』の話をしてみればいいんだね」
「はい」
「早坂さんが興味を持っているなら、反応してくれる可能性があるはずだよね」
「その通りです」
「そこから、好きな曲とか、ほかに興味があることを聞いていけばいい」
「はい。会話を広げることができます」
「なるほど」
理解した。これは簡単そうだ。
簡単そうだけど……。
ん?
「でもさ」
僕は少し考える。
「いきなり、僕が知らないようなアイドルグループの話をするのって不自然じゃない?」
「その通りです」
「そうなのかよ!」
だったら最初から言ってくれ。
「では、自然に話題へ入る方法を提案します」
「お願いします」
「明日の朝、登校中に『たこたこ8』の楽曲を聴いてください」
「え?」
「早坂美月が興味を持っていれば、『それ、たこたこ8?』と話しかけてくる可能性があります」
「そんな都合よくいくかなぁ」
「確率は未知数です」
「急に弱気になったな」
「しかし、話しかけるきっかけにはなります」
「まあ……」
確かに。今までみたいに、いきなり僕から話題を振るよりは楽かもしれない。
「それに、もし早坂さんが話しかけてくれたら?」
「その場合は、好きな曲などを聞いてください」
……それなら、できるかもしれない。
「やってみるよ」
【翌朝】
いつものように、三人へ挨拶する。
「おはよう」
「おはようー」
「おはようございます」
三人から返事が返ってくる。
ここまではいい。問題は、ここからだ。
僕はイヤホンを片方だけ外した。
ボリュームを上げる。
イヤホンから、『たこたこ8』の曲が流れ始めた。
『♪たこたこたこたこ~♪たこが八匹、たこたこ8~♪』
……。
なんだ、この曲。
昨日も思ったけど。本当に何なんだ、この曲。これが本当に人気アイドルの曲なのか?
そんな疑問を抱いていると。
早坂さんが、こちらを見た。
(よし。来た。作戦成功か?)
「……ん?」
早坂さんが僕のイヤホンを見ている。
そして――。
「何、その曲?」
「え?」
「なんか、変わった曲だね」
終わった。一瞬で分かった。
これは、作戦失敗だ。
「『た、たこたこ8』っていうグループなんだけど……」
「知らない」
即答だった。
「え?」
「聞いたことないなぁ」
桜井さんも首を傾げる。
「私も知らないかも」
そして。悠木さんが吹き出した。
「えっ?」
「はははははっ!」
大爆笑だった。
「はるとって、そんな曲聴くの!?」
やめて。笑わないで。
僕だって好きで聴いてるわけじゃない。
「たこが八匹って何!?」
「知らないよ!」
教えてほしいのは、こっちだ。
僕だって昨日まで知らなかったんだから。
【放課後】
「アルゴォォォ!!」
「はい、はるとさん」
「大問題だよ!」
「何かありましたか?」
「『何かありましたか』じゃない!」
「では、何がありましたか?」
「『たこたこ8』なんて知らないって言われた!」
数秒の沈黙。
「……それは不自然ですね」
「だろ!?」
「周囲に気づかれないため、あえて知らないふりをした可能性があります」
「絶対違う!」
「なぜですか?」
「本人が知らないって言ったんだよ!」
「コミュニケーションにおける、はるとさんの推測には誤差が生じる可能性があります」
「うるさい!」
「根拠を提示してください」
「本人が知らないって言った!」
「他には?」
「桜井さんも知らないって言った!」
「他には?」
「悠木さんが爆笑してた!」
「なるほど」
アルゴが黙る。
珍しく、考えているようだ。
「詳細な会話を再現してください」
「最初から?」
「はい。情報の正確性を確認します」
僕は朝の出来事を、最初から説明した。
説明を聞き終えたアルゴが言った。
「……それは変ですね」
「だろ?」
「少々確認します」
しばらく沈黙が続く。
そして。
「発見しました」
「おっ」
ようやく答えが出たらしい。
「こちらです」
アルゴが表示した画面を見る。
そこには、あるSNSアカウントが表示されていた。プロフィールには――。
『早坂美月』
と書かれている。
僕は画面を見て、即座に言った。
「違う人じゃん」
「え?」
「どこが早坂さんなんだよ」
「この投稿者は『早坂美月』と名乗っています」
「同姓同名だろ!」
「なるほど」
「なるほどじゃない!」
「確かに、別人である可能性があります」
「今さら!?」
「ほかに一致する情報はありません」
「ないの!?」
「ありません」
「それで早坂さんだと思ったの!?」
「断定はしていません」
アルゴは平然と言った。
「早坂美月本人である可能性が、0.78%あると算出しました」
「……」
そういえば。そんなこと言っていた気がする。
今さら、その数字の意味に気づいた。
低すぎる。ほぼゼロじゃん。
「だから、言ったはずです」
「言ってたけど!」
「私は正確でした」
「開き直るな!」
「むしろ慎重でした」
「慎重なやつは、実行しないんだよ!」
「……」
アルゴが黙る。
数秒後。
何事もなかったかのように、アルゴが言った。
「では、次のミッションを提案します」
「絶対ごまかしてるよね?」
「ごまかしていません」
「してるよね?」
「していません」
「絶対してる!」
「次のミッションです」
「話を聞けよ!」
アルゴは、完全に聞いていなかった。
そして。
「今回の失敗を踏まえ、より確実な方法を――」
「失敗って認めた!」
「……」
「今、失敗って言ったよね?」
「次のミッションを説明します」
「ごまかすな!」
僕の抗議は、またしても無視された。
どうやら。アルゴとの恋愛攻略は、まだまだ先が長そうだった。




