手伝うだけなら、僕にもできるかもしれない(後編)
教室の周りを見渡す。
掲示物の端が少し剥がれかけていた。
(これは……早坂さんが直しに来るんじゃないか?)
昨日、アルゴに教えてもらった通り、掲示物の近くに立つ。
別に待っているわけじゃない。たまたま、ここにいるだけだ。
……ということにしておこう。
しばらくすると――
「あ」
早坂さんが来た。
剥がれかけた掲示物に気づき、手を伸ばす。
(やっぱり!)
僕はそっと紙を押さえた。
「あれっ」
早坂さんは不思議そうに僕の手元に視線を向けた。
そこから視線を移していき、僕の腕をたどって……最後に僕と目が合った。
「あ、はるとくんだ」
早坂さんが少し驚いたあと、すぐに笑顔になった。
「ありがとう」
「う、うん」
よし。大成功だ。たぶん……。
【別の日】
教室の隅にゴミが落ちている。
僕はゴミの近くまで歩いていく。すると、予想通り――
早坂さんがやって来た。
「あ、ゴミ落ちてる」
早坂さんが拾おうとした。
「手伝おうか?」
僕は先にゴミ箱を持ち上げる。
「あれ。はるとくん。ありがとう」
「どういたしまして」
早坂さんがゴミを入れる。
……言えた。
普通に。
よし。これなら少しずつ慣れていけそうだ。
そう思った瞬間――なんとなく、視線を感じた。
ちらっと周囲を見る。
……誰もいない。
気のせいかな。
【また別の日】
社会の授業が終わったあと。
ロール式の地図が掛けられたままになっていた。
誰かが片付けるのを忘れたらしい。ふと思う。
(これも早坂さんが片付けるんじゃないか?)
地図の近くまで行き、廊下に出た。
すると――やっぱり来た。
ロール式の地図を抱えた早坂さんが、少し重そうに歩いている。
「手伝おうか?」
僕はそっと地図の端を持った。
「えっ?」
早坂さんが僕を見る。
「あ……ありがとう」
「うん」
二人で地図を運ぶ。
しばらく歩いていると――まただ。視線を感じる。
後ろを振り返る。
廊下の向こうに、桜井さんの姿が見えた。
桜井さんは僕たちを見ると、すっと視線を逸らした。
「そういえばさ」
隣を歩いていた早坂さんが、少し首を傾げる。
「なんか最近、よくはるとくんと会う気がするね」
心臓が止まった。
(はい。よく会っております。早坂さんの行動を予想して、その場所で待っていました)
……なんて、言えるわけがない。
「うん。たまたま……かな」
「ふふっ」
早坂さんが少し笑う。
「そっか」
どうやら誤魔化せたらしい。たぶん。
「でも、早坂さんってよく教室の整理とかしてるよね」
自然と言葉が出てきた。
「え? あー……」
早坂さんが少し考える。
「気になったときだけだよ」
「そうなの?」
いつもしているように見えるけど。
「本当はね、日直とか係の人にやってもらわないといけないんだけど」
早坂さんは苦笑する。
「なんか、自分でやっちゃうんだよね」
「ふーん。そうなんだ……」
少しだけ間を置いて。
僕は口を開いた。
「あの……僕なんかでよかったら……手伝うよ」
言った……!
……あれ?
何言ってるんだ?自分でも驚いた。
「えっ?」
早坂さんも少し驚いた顔をする。
そりゃそうだ。
今までほとんど話したこともなかった僕から、いきなりこんなことを言われたら驚くよな。
やっぱり余計なことを――
「うん」
早坂さんが笑った。
「それじゃあ、お願いしちゃおうかな」
「え?」
肯定してもらえた。
「うん……」
僕は小さく頷く。
「いつでも……お願いして」
「ふふっ。ありがとうね」
早坂さんが嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると――なんだか、こっちまで嬉しくなった。
【放課後】
「はるとさん。待ち伏せ作戦の調子はどうですか?」
「待ち伏せって言うなよ!」
帰宅してすぐ、僕は反論した。
「これは手伝い作戦だよ。手伝い作戦」
「早坂美月を待っているので、待ち伏せになります」
「それは……そうだけど」
ぐうの音も出ない。
「手伝いでもいいんじゃない?」
「目的は、早坂美月との接触回数を増やすことです」
「うん。そうだけど」
「早坂美月を助けるための行動であれば、『手伝い』になります」
「そうだよね……」
少し考える。
「うん。早坂さんのために手伝ったんだから、手伝いでいいよね」
「はい」
アルゴが珍しく素直に同意した。
「結果的に、早坂美月の助けになっています」
「えっ?」
僕は少し驚いた。
「そうなの?」
少しだけ気持ちが軽くなった。
「それで、どのような状況ですか?」
「うん。何回か手伝い……じゃない」
言い直す。
「……一緒に作業することはできたよ」
「観察ミッションの成果ですね」
「成果って言うなよ」
「では、情報収集の成果です」
「それもなんか嫌だな……」
「では何と呼びますか?」
「普通に『手伝った』でいいよ」
「了解しました」
アルゴはあっさり引き下がった。
「それで、何か変化はありましたか?」
「うん」
僕は今日のことを思い出す。
「早坂さんに『最近よく会うね』って言われた」
「順調に、はるとさんの存在認識レベルが向上しています」
「あと……」
少し照れくさい。
「『手伝いお願いする』とも言われた」
「それは重要な進展です」
「そうなの?」
「はい。早坂美月から、はるとさんに助けを求めることを許可されたということです」
「そんな大げさな……」
「大げさではありません」
アルゴは続ける。
「少なくとも、はるとさんに頼っても問題ないと判断している可能性があります」
「……そっか」
それなら。少し嬉しい。
「で、どんな会話をしたんですか?」
「え?」
「詳細に説明してください」
僕は今日の早坂さんとの会話を説明した。
「なるほど」
アルゴが少し黙る。
「はるとさんから『手伝う』と言ったのですね」
「うん」
「それは大きな進歩です」
「そんなことないと思うけど」
「いえ。これまでのはるとさんなら、自分から申し出ることは困難だったはずです」
「……まあ」
確かに。以前の僕なら、早坂さんが困っていても、遠くから見ているだけだったと思う。
「自然に会話できるようになってきています」
「そうなのかな」
「はい」
「なら、いいんだけど」
「しかも、早坂美月は肯定しました」
「まあ……普通、断らないとは思うけど」
「重要なのは、断られなかったという事実です」
「そういうもの?」
「はい」
アルゴは断言した。
「これで、今後も自然に早坂美月を手伝うことができます」
「うん……」
そう答えたものの、僕は少し考えていた。
なんとなく、引っかかる。
「でもさ」
「はい」
「僕って、あまり早坂さんを楽にしてない気がするんだよね」
「どういう意味ですか?」
「結局、早坂さんがやろうとしてることを手伝ってるだけだから」
「それでも、早坂美月の負担は減っています」
「そうだけど……」
本当にこれでいいのだろうか。
早坂さんの行動を利用しているだけなんじゃないか。
「では、早坂さんの手伝いを継続してください」
「うん……」
返事はしたものの、あまり気が進まない。
「あっ」
もう一つ気になっていたことを思い出した。
「どうかしましたか?」
「うん。桜井さんに見られているような気がするんだ」
「桜井千夏にですか?」
「うん」
アルゴがしばらく黙った。
何か考えているのだろうか。
「桜井千夏は、はるとさんの行動に気づいている可能性があります」
「えっ?」
「ですが、問題ありません」
「そうなの?」
「桜井千夏は、はるとさんの行動を悪意のあるものだとは認識していません」
「さすがに悪意がないとわかってると思うけど」
「むしろ、好意的に感じているはずです」
「……どうして?」
「これまでの行動を総合的に分析しました」
どんな分析だよ。
でも、桜井さんなら悪いことにはならないと僕も思った。
【翌日】
教室に入ると、棚の上が散らかっていた。
教科書やプリントが乱雑に置かれている。
(早坂さんが来るかもしれない)
僕は棚の前まで歩いていった。
そして――乱れていた棚を、きれいに整理していった。
アルゴの指示通り(待ち伏せ)ではないけれど。




