好きなものを知るために観察するらしい
昼休み。
図書室の前で立ち止まる。
「図書室かぁ……。来たことあったっけかなぁ」
たぶん、ない。
まして、本を借りた記憶なんてまったくない。そもそも本なんて、漫画以外はほとんど読まないからなぁ。
「帰ろうかな……」
そう思いながらも、こっそり中を覗いてみた。
「あれ?」
居た。
居たけど、早坂さんじゃない。
桜井さんだ。
図書カウンターに座っていたのは、桜井さんだった。
「どうしよう……」
目が合ってしまった。
「はるとさーん」
声もかけられた。しかも手まで振ってくれている。
僕なんかに。
もう逃げられないな。
どうしようか。とりあえず、練習した通りにやってみようか。
大丈夫。大丈夫。きっと。たぶん。
「よし……」
覚悟を決めて、図書室へ入った。
【放課後】
「アルゴォー!」
「おかえりなさい、はるとさん」
「『おかえりなさい』じゃないんだよ、アルゴ!」
「どうかしましたか? はるとさん」
「今日さ、昼休みに図書室に行ってきたんだけど」
「それは良いことです」
アルゴが即答する。
「読書には、知識の獲得、語彙力向上、想像力向上などの効果があります」
「いや、本は読んでない」
「そうですか」
ちょっと残念そうな言い方に聞こえた。気のせいだろうか。
「図書当番、桜井さんだったけど」
「はい」
アルゴが答える。
「桜井千夏は図書委員です」
「うん。そうだったよ」
「本日は図書当番なので、図書室にいました」
何事もなかったように、平然と言ってくる。
「いや、さ」
僕は少し不満げに言う。
「アルゴ、早坂さんがいるようなこと言ってなかったっけ?」
数秒後。
「失礼しました」
「……」
「訂正します」
「うん」
「桜井千夏は図書委員です」
「うん」
「早坂美月は学級委員です」
「うん。そうだったよ。早坂さんは学級委員だったよ」
「悠木葵は体育委員です」
「えっ? あ……今、関係ある? っていうか、そうだったっけかな?」
「はい。データを照合しました」
すごく自信ありげに言ってきた。
「それで、どうしたのですか?」
アルゴは話をそらすように、続きを促してきた。
なんか、ごまかされたような気がする。
「うん。早坂さんがいなかったんで、そのまま帰ろうと思ってたんだけど」
「また、帰ろうとしたんですか?」
「でも、桜井さんが『はるとさーん』って手を振ってくれて、帰れなくなっちゃって」
「毎日、桜井千夏にも挨拶をしているので、はるとさんを見て声をかけてくれたんですね」
「そうなのかな」
「桜井千夏も、はるとさんに敵意がないことが分かります」
「敵意って……。そんな、最初から敵意なんて持たれてなかったとは思うけど」
「桜井千夏とは会話したのですか?」
「うん。仕方ないので、練習したように本の好みを聞いてみた」
「詳細をお願いします」
なぜか、少し嬉しそうだ。
「まず、『おすすめの本ありますか?』って聞いたんだ」
「良い入り方です」
「そしたら、『好きな本ありますか?』って聞かれて」
「はい」
「『眠くならないやつ』って答えた」
「やはり、その回答をしたんですね」
「ダメだったかな」
「実に、はるとさんらしい回答です」
「褒めてる?」
「評価は保留します」
「なんだそれ」
「それで?」
「『ふふっ』って笑われた」
「当然です」
「だよね」
「それで、どうしたんですか?」
「思い切って聞いてみた」
「何をですか?」
「『桜井さんはどんな本が好きですか?』って」
「おお」
「そしたら――」
『私はね、中国の歴史ものが好きなんですよ。あまり興味ないかもしれないけど』って。
「なるほど」
「だから、『アニメなら見るけど。覇王戦記とか』って言ったんだ」
「それで?」
「『それ、私も見てますよ』って言ってきて」
「桜井千夏も『覇王戦記』を見ていたんですね」
「うん。おとなしい感じだから、そういうアニメは見なさそうだと思っていたけど……」
「はい」
「『古代中国が舞台のやつですよね』って言ってきて。そこから少し話が盛り上がった」
「どのような話をしたんですか?」
「まあ、好きな武将とか。どのキャラが強そうとか」
少し考える。
「結局、最後に『それならこの本がいいかな』って、本を紹介してもらった」
「なるほど」
アルゴが言う。
「成功ですね」
「成功なの?」
「はい。桜井千夏と会話を続けることができました」
「まあ、少しは話をしたけど」
「桜井千夏と共通の話題を見つけました」
「共通の話題?」
「『覇王戦記』です。人間は、共通点がある相手に親近感を抱きやすい傾向があります」
「へえ」
「つまり、会話の材料になります」
「そうなんだな」
確かに、覇王戦記の話をしているときは、何を話そうかあまり困らなかった。
「話せる気がした」
思わず、そう漏らす。
「それです」
「え?」
「会話は才能ではありません」
「うん」
「話題があれば、意外とできます」
「そうかもしれないけど……」
でも、桜井さんとなんだよな。
「早坂さんは、何が好きなんだろうな」
すると、アルゴが少し得意そうに言った。
「調査しましょう」
「調査って、どうやってするんだよ」
「情報収集です」
「だから、情報収集って……。ネットで検索したことあるけど、早坂さんに関係する情報はなかったよ」
「ネットでこそこそ検索するのは、暗い人のすることです」
「暗い奴で悪かったな」
「仮想世界ではなく、現実世界で観察するのです」
「観察のほうがストーカーっぽいんだけど」
「違います」
即否定。
「観察とストーカーは別物です」
「そうなの?」
「はい。情報収集です」
アルゴは説明を始める。
「彼女が話している内容」
「うん」
「持ち物」
「うん」
「好きなこと」
「うん」
「行動パターン」
「……」
「自然に見て観察するのです」
「やっぱりストーカーじゃん」
「視界の端で捉えているだけです」
「視界の端?」
「周辺視野です」
また始まった。理論講義だ。
「人間の有効視野は約三十度ですが――」
長くなりそうだ。
「要するに?」
「ガン見するな、ということです」
「最初からそう言ってよね」
「さらに利点があります」
「まだあるの?」
「はるとさんが早坂美月を視界に入れているということは」
「うん」
「早坂美月の視界にも、はるとさんが入ります」
「うん。そうなるかもね」
「無意識にはるとさんの存在を認識する可能性があります」
「本当?」
「理論上は」
急に怪しくなった。
「まあ、いいや」
今までと違って、何かするわけでもない。見るだけなら簡単そうだ。
とりあえず、やってみることにした。




