未結2
未結2
出社するため、本多は駅までの道を歩いていた。
普段は歩きスマホで、視界に入るのは画面と、その外枠にぼんやり映る景色だけだ。だがその日は、前夜の飲み会の影響で二日酔いだった。スマホの光を見るだけで頭が痛む。仕方なくポケットにしまい、軽く俯きながらも前を向いて歩いていた。
「あれ?」
見慣れているはずの通りで、違和感に足が止まる。
「コンビニ、なくなってる」
自宅に女性を連れ込むとき、部屋で飲む酒を買うためによく寄っていた店だ。看板は外され、シャッターが下りている。歩きスマホをしないことで、街並みの変化にいろいろ気付くことができた。
さらに進むと、通り沿いに見慣れない店があった。
ペットショップだった。
(ここも前はなかったよな)
ガラス越しに店内を覗く。子犬や子猫がケージに入れられている。二匹で戯れ合う子犬。窓から射す光の中で丸くなっね眠る猫。
どの動物も可愛いが、中でも一番可愛かったのは窓際のケージを掃除している女性店員だった。
目鼻立ちのはっきりした顔立ち。長い茶色の髪は後ろで束ねられ、細身ながら女性らしい曲線を残している。胸元のネームプレートには【白石】とあった。
「白石さんね……」
小声で呟き、本多は駅へと向かった。
それからというもの、この道を通るたびに本多は店の窓を覗き、白石という店員がいるかどうかを確認した。
ある朝、ペットショップの前を通ると、ちょうど店の入り口からあの店員が出てきた。開店前らしく、自動ドアの電源は入っていない。片手にほうきと塵取りを持ち、もう片方の手で重そうな扉を開ける。
手慣れた動きで、店先の掃除を始めた。
ほうきでゴミを集め、塵取りに入れる。ただそれだけの動作なのに、なぜか目を奪われる。店員はもちろん、その店員が掃き終えた歩道まで、どこか整然と輝いて見えた。
本多は立ち止まっていた。
掃除を終え、店に戻ろうとした女性と目が合う。
「あっ……えーっと、こんにちは」
見惚れていたことを悟られた気がして、本多は慌てて声をかけた。
「はぁ……」
突然の挨拶に、女性は戸惑いながらも軽く会釈をする。
「あ、ごめんなさい。急に挨拶されたらびっくりしますよね。実はここ、よく通るんです。いつも動物たち見てて。店員さんがお世話してるのも見てたんで、勝手に顔見知りな気分になっちゃって」
歯を見せて笑うと、女性もつられて微笑んだ。
「そうなんですね。動物お好きなんですか?」
「ええ。昔、祖母が猫を飼ってて。小さい頃、よく世話してたんです」
「猫種は?」
「うーん、覚えてないな。でも全身真っ黒で。うまれたとき兄弟の中で一匹だけ真っ黒だったらしくて、縁起が悪いって捨てられそうになったのを、祖母が引き取ったらしいんです」
「おばあちゃん、優しいですね」
「優しかったです。何があっても祖母だけは味方してくれました。亡くなって二年になるかな」
実際のところ祖母は生きている。趣味はカラオケで当分死にそうにはない。あくまで女性を口説くための設定である。優しい祖母は、きっと許してくれるだろう。
猫の話も嘘である。実家で飼っていたことにすると世話の話で嘘がバレる。祖母の家なら、細かい話を聞かれてもごまかせる。瞬時の判断だった。
「それは寂しいですね。今度ぜひお店にいらしてください。抱っこもできますよ」
「抱っこアリなんですか?ほんとに来ちゃいますよ」
「ぜひ。実は、里親を探す活動もしていて」
販売とは別に、売れ残った子や病気の子の飼い主を探していることを、店員は説明した。
「奥にそういう子たちがいるんです。よかったら会いに来てください」
「ぜひ。えーっと、白石さんがいらっしゃる曜日って?」
名札を今気づいたふりで尋ねる。
「日曜と月曜がお休みです。それ以外はだいたいいます」
「了解です」
少し首を傾げて微笑む白石に、本多は胸の高鳴りを覚える。それを悟られないよう、平静を装った。
「賃貸なので飼えないんですけど、飼いたいって言ってる知り合いがいるので、今度連れてきますよ」
そう言って駅へ向かった。
それが、白石梓との出会いだった。
後日、本多は友人に誘われた飲み会に参加した。
隣に座った女性と会話を交わし、勤め先と仕事の内容を話すと、その女性も最近プログラミングを始めたという。
女性が、プログラミングに興味があること、そして【ペットを飼えるマンション】に住んでいると知るや否や、本多はその女性に、自分が持つプログラミングの知識を惜しみなく与えた。
それ以外にもスキルに合ったパソコンのスペックのことや、使いやすい周辺機器、長時間入力しても疲れにくい机と椅子の選び方もアドバイスした。ありとあらゆる知識と情報をその女性に注ぎ込んだ。
結果、その女性と交際した。
それが篠崎美月である。




