ハルシオン
私は植物園から出て、人気のない通路まで来てから、座り込んだ。
「はあー、しんど」
壁にもたれかかる。
身体が重い。しばらく動きたくない。
祈りの代償は舞い手のエネルギーだ。
あんなちょっとの舞でごっそり体力が持っていかれるなんて、割に合わない。
「……ディア様?」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、イルが目を丸くしながらこちらに来ている。
「どうしたんですか?……体調が悪い?」
イルは私の前にしゃがみ込んで、顔を覗き込む。
おでこに手を当て、熱がないか確かめた。
「熱は、なさそうですけど……何かあったんですか?」
珍しく真面目な顔で心配してくる。
「……お腹減ったの」
「本当にそれだけですか? 顔色が悪いですよ」
「本当だよ。空腹で倒れそうなの」
イルはしばらく私をじっと見ていた。
そして、近くの植物園の方へチラリと視線を向ける。
「……まさか、祈りを?」
視線が痛い。私は目を逸らした。
「ディア様」
「……水やりに失敗して、ちょっとだけ」
イルの目が細まる。
「大したことないよ」
「そんなわけないでしょう。立ってられないくらい消耗して」
「……」
イルはため息をついて、私を抱き上げた。
「目を離した俺が悪かったですけど。無理しないでくださいよ」
「……ごめん」
——グゥゥ。
私のお腹も、一緒に返事をした。
もう、お腹のバカ。
イルの目が丸くなる。
「お腹の虫は元気ですね」
「私の生命力、全部そっちに行ってるから」
「威張るとこじゃないですから」
そう言って、イルは小さく笑った。
「今日はもう学校は休みましょう。家に帰って食べましょうか」
そう言って歩き出す。
歩調に合わせて、揺れが伝わってくる。けれど、私を支えるイルの腕に不安定さはない。
(疲れた。)
私はイルの胸に頭を預け、目を閉じた。
「〜〜〜」
イルが、誰かと話している声が聞こえる。
私は目を開けた。
自分の部屋の天井が目に入る。
私はベッドから身を起こした。学園から帰る途中から記憶がない。眠ってしまった私を、イルがベッドに寝かせてくれたらしい。
イルと、その話している人物は、私の部屋のドア付近にいた。
「ハル兄?」
「起きたか、ディア」
金髪に青い目で、イルによく似た整った容姿。けれど、イルより雰囲気が柔らかい。
ハル兄——ハルシオンがイルとともにこちらに近づいてきた。
私も、ベッドから降りる。
「なんでいるの?」
「久々に会った兄への第一声がそれか」
他に何があるというのだ。
「せめて、お兄ちゃん会いたかった!って笑顔で飛びついてくるとか」
「気持ち悪いんだけど」
「ひどい」
兄の泣き真似は無視して問いかける。
「こっちに来るって連絡なかったじゃん。何しに来たの」
「お前の様子を見に来たに決まってるだろ」
「急に?」
伯爵領からここ王都まで、どれだけ急いでも数時間はかかる。今日の私の様子をイルから聞いて見に来た、というわけではないだろう。
ハルは肩をすくめた。
(なんか怪しい。)
「伯爵領はいいの? 領主が急に不在なんて、困るんじゃないの」
「大丈夫だ。急ぎの案件は全て処理してきた」
ハルをじっと見る。心なしか、疲れた顔をしている気がする。
「伯爵領で、何かあったの?」
ハルの動きが、一瞬止まった。
私は、思わず彼に詰め寄る。
「まさか、冬が来る以外にも異常が?」
「いいや。何もない」
嘘だ。間髪入れずに即答するのが非常に嘘くさい。
「何があったの」
「お前が心配することは何もない。……ただ、お前が学校にいる間、たまにイルを借りることになる」
ハルは付け加えるように言った。
私はイルの方を見る。兄が下手な嘘で隠していることを吐け、と言う視線で。
イルは私を見て、首を振った。
俺からは言えませんよって? なんだって、この裏切り者!
視線で会話していると、イルが呆れたようにため息をついた。
「兄妹揃って嘘が下手なんだから……」
「なんで私も含まれてるの?」
「ディア様も顔に全部出ますからね」
「うそ」
「本当です」
「今も『絶対あとでイルから聞き出してやる』って顔してます」
「……」
図星だ。
ハルが苦笑する。
納得がいかない。ハルよりはマシなはずだ。
「それよりディア様、起きたならちゃんと食べてください。さっきからずっとお腹鳴ってますよ」
「……聞こえてたの?」
「丸聞こえです」
最悪だ。




