豊穣の祈り
——ブシャァァァ!
セドリックの顔面に大量の水がクリーンヒットする。
私の頭すれすれだった、あぶなっ。
「どんだけ魔力込めて起動させてるんですか!」
私の時と比にならない量だ。
「……っ!そんなに込めていない!この魔法陣の効率が良すぎるのではないか?!」
噴き上がる水は柱のように立ち上がっている。
その水が横に崩れ、花壇へ叩きつけられる。足元が一瞬で水浸しになった。
「冷たっ!」
尻餅をついたままだった私のお尻まで浸水した。
セドリックは私の上から立ち上がり、急いで魔法陣を止める。が、途中で驚愕の表情になる。
「止まらない?」
「王子が多すぎる魔力流したから暴走したんですよ」
私の魔法陣は繊細設計なのだ。雑に魔力を流し込まれると壊れる。
「なんだと?!」
さらに水量が増す。
花は押し倒され、花壇からは土が流出している。完全に洪水だ。
このままだと、植物が完全に死んでしまう。
「もう、水やりってレベルじゃないですね」
「当たり前だ!とにかく、水を止めなければ!」
セドリックが魔法陣をなんとか消そうと魔力を込めている。
無駄だ。暴走した私の魔法陣は、力の上塗りでは消せない。経験済みだ。
私は空を見上げた。
(……仕方ないか)
「ちょっと静かにしてもらえます?」
「は?!何を言っている?!」
「集中するんで」
私はどっこらしょ、と立ち上がった。
そしてそのままその場で軽く足を踏み鳴らす。泥が飛び散った。
(足場は最悪。まあ、全部やるわけじゃないしいいか。)
足を伸ばして踏み込む。
一歩。
同時に、片腕を斜め下から上へ、一振り。
周囲の空気が、ぴたりと止まる。
暴れていた水が、止まった。
(まだ、もう少し。)
足を後ろに引き、ターンする。
次の瞬間。
溢れていた水がぐんぐん土に吸い込まれていく。
土が自然に盛り上がり、適度に湿った土に戻る。
倒れていた花が、起き上がった。
「こんなもんでいいか」
私はだらんと腕を下ろした。
静寂が降りる。
「……終わり、なのか?」
しばらく沈黙していたセドリックが言う。
「終わりですよ」
「……あんなもので、成立するのか?」
セドリックは、信じられないようなものを見る目をした。
「まあ。成立しましたけど」
セドリックは呆然としたまま周囲を見渡した。
私もそれにつられて周りを見やる。
泥がまだ少し残っているが、植物は元気になってるし、概ね元通りだ。
セドリックがぽつりと言う。
「……君の母君の舞は、あんなものではなかった。あれは、もっと——」
セドリックの目が、遠くを見る目になる。
「静謐で、繊細で——神秘的な美しさだった」
「へえー」
「……だが、君の舞はなんだ」
セドリックは眉を寄せる。
「あんなもの、『豊穣の祈り』とは言えない」
(あんたに、何がわかるんだよ。)
母の舞と比べれば、雑なのは自分でもわかっている。
でも、『豊穣の祈り』を舞えるのは、亡国の王族の女だけだ。
その重さも知らないくせに。
「はいはい、そうですか。別に認めてもらわなくても結構です」
私はくるりと踵を返す。
「どこに行く」
「お昼ご飯食べに行くんです」
顔にもう絶対に着いてくんな、という意思を貼り付けておく。
「じゃあ、あとはよろしくお願いしますね、管理責任者さん」
「おい——」
呼び止める声を無視して、私は歩き出した。




