水やり自動化魔法
適当に授業をやり過ごして、ようやく昼休みになった。
(はあー、長かった。)
私は教室から抜け出し、学園の中にある植物園のベンチに腰掛ける。
ここは人がほとんど来ない絶好の休憩スポットだ。
緑を含んだ湿り気のある空気が、故郷の空気に似ていて、心と身体を落ち着かせる。
王都の魔法学園に通う前まで、私は植物の多い土地に住んでいた。今は、この国の伯爵領になっている場所だ。
一年中温暖で、どこに行っても花が咲いていた。常春の国、なんて呼ばれていたらしい。
「今は、そんなこともないけど」
私は膝に手をついて立ち上がった。
「さてと、やるか」
私は周囲をぐるりと見渡して、声をかける。
「おーい、イルー。出てきてよー。水やり、一緒にやろー」
なんの返事もない。
(ちっ。いないのか。)
いつもならいるのに。どこに行ってるんだろ。
「植物委員、楽そうだと思って立候補したのに、全然楽じゃないんだけど……」
植物委員の仕事が、この広い植物園の水やりだなんて聞いてない。しかも、あんな小さいジョウロで、だ。果てしなさすぎて、昼休みの時間が終わってしまう。
(今までの植物委員はこんな非効率なこと、ずっとしてきたわけ? 理解できない)
「魔法で、やってやるんだから」
私は地面に座り込んで大きな魔法円を描いた。さらにその中に水生成、拡散の紋様を描き込む。
水を上に向かって打ち上げて、それを拡散させて、遠くの草花まで水がかかるようにするつもりだ。
せっせと描いていると、後ろから声がかかる。
「クラウディア、何をする気だ」
(はあー、面倒臭いのがきた。)
「……水やりですけど。何の用ですか、王子」
「この植物園の管理責任者は私だ。不審なことをしている者を放ってはおけまい」
知らなかった。王族って大変だね。
セドリックは王子だが、この学園に通う学生でもあるのに。
「そうですか。それはご苦労なことで」
「それで、何の魔法を使う気だ。水やりの魔法なんてものはないぞ」
しつこい。放っておいてくれていいんだよ。不審なことなんてしないから。
「それがあるんですよ。ご存知ないかもしれないですけど」
もういいや。魔法陣は描けてるし起動してしまおう。お昼ご飯まだ食べてないし。
「待て。起動するな。安全かどうか私が——」
「えい」
セドリックの言葉を最後まで聞かずに魔法陣に魔力を流す。
魔法陣が光り、水が天へ向かって打ち上げられる。さらに、それが頭上で横に広がった。
横に広がる途中で水が途切れ、キラキラと草花に降り注ぐ。
「おー、成功したー」
私は空を見上げながら呟いた。
隣でセドリックが息を呑む気配がする。
「……まるで、恵みの雨だ。こんな魔法、存在すら知らなかったぞ」
セドリックは魔法陣をまじまじと覗き込む。
「水球魔法に近い? 通常の魔法陣よりかなり複雑だが」
セドリックがこちらを振り向く。
「伯爵領に伝わる魔法なのか?」
「いいえ。……あ、いや、そんな感じですー」
面倒ごとの気配がする。私は咄嗟に言い換えた。
十分水が行き渡ったところで私は魔法陣を止める。
そして、水がかかりきらなかったところまで移動した。セドリックも一緒に着いてきている。
やだなあ、もう。どっか行ってよ。
先ほどと同じ魔法陣を描き、起動させようとしたところで、声がかかる。
「待て。次は、私が動かしてみてもいいだろうか?」
「だめですー」
勝手に触られて、自作魔法だとバレたら困るじゃないの。
「なぜだ」
「伯爵領に伝わる由緒正しい魔法なので。使っていいのは伯爵領の人間だけと決められてるんです」
嘘に嘘を重ねていく。けれど、セドリックは真面目な人間だ。こういう言い方をすれば、きっと引き下がるに違いない。
ところが——
「君の母国が伯爵領になる際に、そんな特殊な魔法があるという報告はなかった。王家が見逃しているなら、確認すべきだ」
そう言って、手に魔力を込め始めた。
「あ、ちょっと。勝手に起動させないでくださいよ」
私は慌てて王子の手を掴む。
「ぐぬぬっ」
(この、怪力めっ。)
「手を離せ」
「そっちが諦めたら離しますー」
ここまで来たら私も引けない。
本気で引っ張ってやろうと足を踏ん張った、その瞬間——
「うわっ!」
「おいっ」
足が滑る。
咄嗟にセドリックの服を掴んだ。
セドリックの体が前のめりに傾く。
私はそのまま尻餅をついた。少し遅れて、セドリックが私の上に落ちてきた。
(おもっ!……くはないな、うん。)
どうやら、手をついて支えたようだ。
同時に、すぐ横の魔法陣が唐突に淡く光った。
「あ」
セドリックの魔力が込められた右手が、魔法陣に触れていた。
次の瞬間——




