体調と面倒なもの
午後の授業が終わると、私は教室を出た。
今日もイルはいない。
——いつもなら、この時間に迎えに来ているのに。
ふとそんなことを思ったけれど、それは隅においやった。
廊下を急いで進むと——
——いた。
「モニカ!」
「わっ!」
モニカの肩が跳ね上がる。
「……って、クラウディア様じゃないですか。どうされましたか?」
モニカは振り返った。
「ねえ、モニカ。……大丈夫? 無理してない?」
私はモニカの顔を見つめた。
目の下に、クマができている。顔色も悪い。
授業中に、眠そうに欠伸をしているのが何度も目に入っていた。
どう見ても、元気には見えない。
けれど。
モニカはニッと笑う。
「大丈夫です! むしろ最近運動しているので、いつもより調子が良い気がします!」
そう言って、力こぶまで作ってみせる。
「運動って。何してるの?」
「洗濯屋で一緒に仕事させてもらってるんです」
「一緒に、洗濯してるってこと?」
以前はあんなに警戒した雰囲気だったのに。
「はい。洗濯だけじゃなくて、服を運んだり、水を汲んだり、干したり……色々です」
モニカは楽しそうに話す。
「なんとか頼み込んで、一緒に仕事させてもらってます」
「へえ……」
私は少し驚いた。
「実際に自分でやってみてわかりましたけど、思ったより重労働ですよ。洗濯って」
モニカは目を輝かせた。
「だからこそ、クラウディア様の洗濯魔法、絶対売れます!」
「そ、そうかな?」
私は少し考え込んだ。
「……でも、洗濯魔法を取り入れたら、あの人たちの仕事、奪っちゃうことにならない?」
他では働けない彼女たちの、今ある仕事。
それを私の魔法でなくしてしまったら。
それが、一番怖かった。
「なりません」
モニカは首を振った。
「私がそうはさせません。仕事での収入はそのままに、洗濯場の人たちを楽にする方法で、洗濯魔法を活用します」
そんなこと、できるのだろうか。
モニカが手をポンっと叩く。
「そうだ!クラウディア様も一緒に行きませんか?」
「え?!」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「私が行っても大丈夫なの?」
以前行った時は、自分の見た目で更に警戒された。
到底、簡単には受け入れられる雰囲気ではなかったはずだ。
(私が行くことで、モニカの苦労をダメにしちゃうかも。)
「大丈夫ですよ! 前とは雰囲気が違うはずですから。行きましょう!」
モニカは自信を持って言った。
そのとき。
「平民と話すなんて、伯爵令嬢は優しくていらっしゃるのね。」
ねっとりした声が、後ろから飛んできた。
振り向くと、赤髪で濃い化粧をした少女が立っている。
——イライザだ。
「さすが元姫君ですわね。平民にも分け隔てなく優しくしていらっしゃる」
(面倒くさいのが来た。)
セドリックも面倒くさいが、イライザも面倒くさい。
イライザは口元に笑みを浮かべた。
「私にはできませんわ。だって、平民とは程度が違いますもの」
ちらりとモニカを見る。
モニカの表情から、すっと感情が消えた。
「……あら?」
わざとらしく首を傾げた。
「それとも、シルヴェーヌ国の元姫君は、平民と同じ程度ということなのかしら」
私はモニカを隠すように、一歩前へ出る。
「ねえ?」
イライザが後ろを振り返る。
そこには、相変わらず薄ら寒い目をしたセシルがいた。
セシルは無言で頷く。
「でも、そうね」
イライザは再びこちらを向いた。
「滅びた国では、貴族も平民もなく、皆が平民のように暮らしていると聞きましたわ。この国では考えられませんこと」
最近、セドリックがいないところでは、イライザは嫌味を隠さなくなってきた。
「そうですね」
私は適当に相槌を打つ。
「それで、何の用ですか?」
「……っ」
イライザの眉がぴくりと動いた。
「こちらの国の礼儀を、そろそろ覚えられたらどうかしら」
声に苛立ちが混じる。
「元王族といえど、今は伯爵令嬢なのですから。目上の貴族に対する礼儀がなっていませんことよ」
聞いてもないのにべらべらと話していたのはイライザだ。
思わずため息をつきそうになる。が、なんとかそれを飲み込んだ。
「失礼いたしました。イライザ様のおっしゃる通りですね」
私はにっこり笑った。
「それで、ご多忙なイライザ様が、わざわざ私に話しかけてくださるなんて。何かご用がおありでしたでしょうか?」
「……」
イライザが一瞬、言葉に詰まる。
だが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうですわね。次の舞踊のテスト、貴方の舞を楽しみにしておりますわ」
「……舞踊のテスト?」
「ええ」
イライザの目が細くなる。
「授業でも全く舞っていらっしゃらないでしょう? さぞ素晴らしい舞を披露してくださるのでしょうね」
(ははーん、なるほど。)
つまり、授業で真面目に舞っていない私を見て、どうせ踊れないのだと思っているらしい。
(テスト、受けないんだけど。)
王からも正式に許可をもらっている。
けれど、今ここでそれを説明するのは、とても面倒くさい。
「わかりました」
そう言って、踵を返す。
セドリックといいイライザといい、どうして皆んな私をそんなに舞わせたがるんだろうか。
この国では、豊穣への祈りを込めた舞を、授業で習う。
私は、その理由を知っている。
祈りの力を持つ者を探しているのだ。
けれど——
血筋がなければ、その力は発現しない。
私や母のような、シルヴェーヌ国王家の中でも特に濃い血を引く者でなければ。
少なくとも私は、傍系の者に祈りの力が発現したという話を聞いたことがない。
見つかってくれた方が、私も母も役目から解放されて、都合が良い。
(どうでもいいか。)
それより、モニカの方が気になる。
私はモニカを連れて、その場を離れた。




