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亡国の姫は生活魔法で快適に暮らしたい  作者: 甘くないオクラ


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洗濯場の変化

 洗濯場の屋根が、見えてきた。


 少し離れたところからでも見える、茶色や鼠色の山積みの洗濯物。

 水の音と、女たちや子供たちの軽やかな笑い声が聞こえてくる。


「こんにちは〜! 今日もよろしくお願いしまーす!」


 モニカは大きな声で挨拶しながら、洗濯場に入っていく。


 近くにいた女性たちが、次々と挨拶を返した。


「モニカ、あんた本当に毎日来るねえ」


「見上げた根性だよ、本当に」


 少し呆れたような声音。

 けれど、その顔には気を許したような笑みが浮かんでいる。


 (以前と、雰囲気が違う。)


 思わず息をのむ。


 驚くほどすんなりと、モニカは中へ入っていった。



「あの、今日は友達も来ているんです」


 そう言って、モニカは私が見えるように体をずらした。


 女性たちの視線が、一斉にこちらへ向く。


 私は思わず身じろぎした。


「……この前のお姫様かい? 貴族の」


 女性たちが顔を見合わせる。


 先ほどまでの気安い空気が、少しだけ硬くなった。


 洗濯場に、静かなざわめきが広がっていく。


 (私がここにいるだけで、この人たちは警戒するんだ。)


 モニカじゃない。私だ。

 そんな当たり前のことを、今さら思い知らされた。


 どうするべきかと思案していると、奥から一人の女性がやってきた。


 大きなお腹を抱え、ゆっくりと。


 ——この前の、妊婦だ。


「貴族のお嬢さんが来ても、ここには面白いものなんて何もありませんよ。帰ったほうがいい」


 妊婦は、私の前に立ち塞がった。


 予想していた反応ではあった。


 けれど、真正面から拒絶されると、思っていた以上に胸がざわつく。


 この女性が、洗濯場のリーダーのような立場なのだろうか。


「あくせく働くあたしたちを馬鹿にしに来たってんなら、あるけどね」


「ちょっと、やめなよ。いくら子供だからって、貴族なんだから。何されるか分かったもんじゃないよ」


 後ろで、女性たちが小さな声でさざめく。


 私は思わず視線を落とした。


 (そう簡単に受け入れられないか、やっぱり。)



 私は、踵を返そうと足を引いた。


「この人は、信用できます。私が保証します」


 モニカの、凛とした声が耳に入った。


「平民を馬鹿にするような人じゃありません」


 モニカは、まっすぐ妊婦を見つめていた。


 その目に、一切の曇りはない。


「それに、もしこの洗濯場に何かあるようなら、私が全て責任をもって守ります。マーチャント商会の名にかけて」


 迷いなく言い切る。


 妊婦はしばらく腕を組み、黙ってモニカを見つめた。


 そして、私を見る。


 どうしていいか分からず、私も妊婦の目を見つめ返した。


「決して、貴方たちの生活を壊すようなことをしたいわけじゃありません」


 そんな思いを、視線に込める。


 しばらくの静寂。



 このまま踵を返した方がいいのかと迷い始めた頃。


 ようやく妊婦は私から視線を外し、ため息をついた。


「じゃあ、何しに来たんだい、と聞きたいところだけど」


 そこで妊婦はモニカを見る。


「まあ、モニカが言うなら、本当に信用できるんだろ」


 そして、少しだけ横へ身をずらす。


「……いいよ。入りな」


「ありがとうございます!」


 モニカの顔がぱっと明るくなる。


「ただし!」


 妊婦は、人差し指を立てた。


「あたしたちの仕事や生活を邪魔しないこと」


「はい」


 私は、頷いた。


「それと、この場には貴族への礼儀なんてちゃんと持ってる人間はいないからね。大雑把な扱いを受けても、文句は言わないこと」


「わかりました」


「あと、モニカ!」


「はい!」


「本当に何かあったら、あんたに責任取ってもらうからね。言ってた通り」


 妊婦は、念を押すようにモニカを睨む。


「はい、もちろんです! ありがとうございます、アンナさん!」


 モニカは嬉しそうに笑って頭を下げた。



 

 周りで成り行きを伺っていた女性達が、持ち場に戻っていく。


「ほら、アンナさん。もうお腹大きいんだから、力仕事はしないでください」


 モニカは、アンナに声をかけた。


「何言ってんだい。これくらい——」


「これは私がやりますよ」


 モニカはアンナの言葉を遮るように、洗濯物の入った籠をひょいと持ち上げた。


「ちょっと、モニカ!」


「大丈夫ですって! 私、前より格段に力が強くなりましたから」


 そう言って、モニカは笑った。


 アンナは目を丸くする。


「確かに、最初はあんた、それを持っただけで倒れたもんねえ。力は強くなった」


「ですよね!」


 そう言って、二人は笑い合う。

 

 先ほどまでの緊張した雰囲気は、もうどこにもなかった。

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