セドリック
セドリックは母に舞の時間を知らせる役目をこれまでに何度かしているようだ。
母は驚いた様子もなく、扉の外に立っていたセドリックに挨拶をする。
「いつもありがとうございます。殿下」
セドリックはそれに隙のない礼を返す。
顔を上げたセドリックと目が合った。
私はすぐに目を逸らしたが、セドリックはじっとこちらを見てくる。
(お願いだから話しかけないでくれ〜)
無言で見つめるセドリックを不思議に思ったのか、母が声をかける。
「殿下? どうされましたか?」
少しの間の後、セドリックは私から目を逸らし、答えた。
「……いえ、なんでもありません。側妃様、ご準備はいかがですか」
「ええ、できていますわ」
「承知しました。では、参りましょうか」
そう言って、セドリックは歩き出そうとする。
「殿下、お待ちください」
セドリックは立ち止まり、母の方に向き直った。
「殿下、いつも舞のご観覧、ありがとうございます。今日は娘も来ていることですし、どうか娘を送っていただけないでしょうか。」
(こいつ、いつも母様の舞を見てるのか?)
私は思わずセドリックを凝視する。
「しかし……」
セドリックは躊躇する。舞を見たいらしい。
——美しくて、魅入られてしまう気持ちはわからないでもないが。
(……きもっ。)
人の母親を同い年の男につぶさにみられるのは、気持ち悪いことこの上ない。
「舞台の部屋はすぐそこですし、殿下に案内いただく必要はありません。警備もいますし」
母の言葉に、セドリックは渋々と言った様子で頷いた。
母はそれを見て舞台の部屋へと向かう。
セドリックは名残惜しそうにそれを見る。
母の手前、反論しなかったけど、私はセドリックに送ってもらう必要などない。
私はまだ母を見ているセドリックをそのままに、歩き出した。
後ろで慌ててセドリックが動く気配がした。
「待て、馬車まで送る」
「送ってくださらなくて結構ですよ。見知った場所ですから」
私はやや食い気味に答える。
本当に来なくていい。
「そう言うわけにはいかない。側妃様に頼まれたからな」
「……」
頼まれた、のところでいつもは動かない完璧な顔が、少し誇らしげに見えた。
——セドリックが母を大好きなのはわかった。
きっと、素晴らしい舞と、もしかしたら優しい人間性も知って、尊敬とかそう言う感じで好きなのかもしれない。
——決して、恋愛感情ではないと信じたい。
色々とややこしいから。
母の住まう宮殿の中をしばらく二人で無言で歩く。
ふと、セドリックがこちらに振り向いた。
「舞の練習はきちんとしたか? いずれはクラウディアも側妃様のように素晴らしい舞を舞えるようにならなければ」
(うっざ。)
言うこと全てが気に障る。
「さあ、どうでしょうねー。面倒くさいですからね」
私が適当に返事をすると、セドリックは少し憤慨したように立ち止まる。
「おい!」
私はまた気にせず進む。
しばらくしてセドリックは諦めたのか、早歩きで追いついてきた。ガチャガチャと腰につけた剣が音を立てる。
私はチラリと視線をやった。
「剣、なんで持ってるんですか?」
王宮でセドリックが剣を持っているのは珍しい。
「この後鍛錬に行くからだ」
「そうですか」
「見ていくか?」
「はあ? いやです」
「なぜすぐに断る。きちんと練習しているものを見るとやる気が出るだろう」
「そんなのでやる気出ませんってば」
「いいから来い」
しばらくの押し問答の後、結局セドリックに引っ張られて鍛錬場に行くことになった。
(……暑苦しくて見てるだけで疲れる。)
私ははーっと息を吐くと、座ったまま足を組んだ。ついでに頬杖もつく。
お行儀が悪いのはわかっているが、ここはほとんど人目がない鍛錬場の隅なのでいいだろう。
鍛錬場の真ん中では、セドリックが一心不乱にに剣を振っている。
上から下に振り下ろし、横に薙ぐ。
芸術的なまでに整ったお手本通りの型だ。
同時に、少し離れたところに置いてあった木の的が剣から放たれた魔法で切り刻まれる。
(剣に、風刃の魔法陣でも組み込んでるのかな。)
雑な魔法陣なんだろう。剣を振った方向一直線にしか風は飛ばない。
私だったら一振りでもっと周囲に風が飛ぶような魔法陣にできる。なんなら、敵に追従する風刃とか。
攻撃魔法の改良なんて、絶対にしないが。
セドリックは先ほどまで他の騎士達と打ち合っていたが、騎士達はみんな疲れて休憩している。
セドリックだけは、一人残りまだ鍛錬をやめない。
騎士の一人が、こちらに近づいてきた。
私は一応姿勢を正す。
騎士が礼儀正しくお辞儀をしてから話しかける。
「婚約者様、すみません。今よろしいでしょうか」
「なんでしょうか」
騎士は少し躊躇ってから、用件を口にした。
「あの……殿下の鍛錬を、止めていただけませんか?」
「はい?」
言われたことが理解できず、聞き返した。
「殿下は幼い頃からいつも真面目に鍛錬に取り組まれ、非常にお強いです。しかし……」
騎士は一瞬躊躇うように言葉を止める。
「最近は身体の負担を考えず、無茶なほど鍛錬をされるのです。私たちでは殿下を止められず……。婚約者様からのお言葉であれば、きっと殿下も聞き入れられるかと……」
(本気でアホなの?あいつ。)
何をやってるんだ、とは思うけれど。
「セドリック様は意志の強いお方ですから、私から伝えたところで、聞いていただけないと思いますよ」
断られると思っていなかったのか、騎士は動きを止めた。
「……いえ、ですが……」
「それより、さっき鍛錬で使ってた剣、見せてもらえません?」
「え?」
さらに予想外のことを言われたのか、騎士は目を見開く。
「剣についてる魔法陣を見たいんです」
私は騎士が腰につけている剣に目をやる。
この騎士が使っていた剣も、魔法が組み込まれていたはずだ。
「何をしている」
「殿下!」
いつの間にか、セドリックが鍛錬を止めて近くまで来ていた。




