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亡国の姫は生活魔法で快適に暮らしたい  作者: 甘くないオクラ


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17/21

用意された自由

 片足を後ろに引く。

 扇を持った腕を伸ばす。

 静かに、まっすぐに。


 身につけた鈴がリン、と硬質な音を立てた。


 衣擦れだけが聞こえていた静かな空間を、引き裂くような鋭い音だった。

 

 (——だめだ。)


 もっとしなやかに。丁寧に。


 羽衣のような袖が、腕の動きに遅れて空を漂いながらついてくる。


 母のような、繊細で美しい舞を目指す。

 舞うごとに、花びらも同時に舞うような。





「いい舞ね。もう、母様から貴方に教えることはなさそうだわ」


 舞終わり、乱れた息を整えていると、ずっと見ていた母から声をかけられた。


「そうかな。まだ母様の舞には程遠いと思うんだけど」


「いいえ。……母様と同じにする必要はないのよ。貴方の舞はそのままで素晴らしいわ」


 母は首を振った後、まっすぐ私を見る。


「貴方の舞はね、命が前へ進もうとする舞なの。」


 母の言うことがよくわからずに、私は首を傾げた。


「貴方は、母様よりもずっと強い子よ」


 そう言って、母は柔らかく笑う。

 昔なら、こんな言葉はかけてくれなかった。

 

 幼い頃、母は今よりずっと厳しかった。

 少しでも手を抜けば、激しく追求された。母ような、完璧な舞を求められているのだと思った。


 けれど、最近の母は拍子抜けするぐらい私の舞について、何も言わない。


「ごめんね。貴方を自由にしてあげられなくて」


 母がポツリと言う。


「え?」


 母は少し目を伏せて続けた。


「母様は何もできなかった。貴方に……貴方たちに、息苦しい道を歩ませるとわかっているのに」


 母の言っていることはなんとなくわかる。


 貴方たち、と言うのは、私と、兄のハルのことだろう。

 この国に支配された、亡き国を治めなければならないハル。


 そして私は、セドリック王子の妻となり、舞を舞う。

 そう決められた将来。


 ふと目の端に、壁の豪奢な装飾が目に入る。


 ここは王宮の最も奥。母の住まう場所。

 贅を尽くした豪奢な宮殿。


 寵愛する妃を誰にも見せたくなくて閉じ込めて置く場所と噂されている。


 待遇は悪くない。それどころか、召使達は礼儀正しいし、衣装も宝石も、必要ないほど与えられる。

 舞を舞う時間以外は自由に過ごせる。


 日々の生活に何も困ることはない。


 けれど。


 ——檻のようなところだと、確かに思う。


 好きに人に会うことができない。好きにどこかにいくことができない。


 いつかは、母の代わりに私が、この場所で、このような生活をするのだろうか。


 ……考えただけで、気が重くなる。


 (面倒臭い。)


 何もしなくていい。それは魅力的だ。

 魔法だって部屋にこもって作れるかもしれない。


 それなりに良い条件のような気がするのに。


 けれど、なぜか嫌だ。


 (……そうだ、自由がない。)


 誰かに用意された小さな自由。そこに窮屈さを感じる。


 ——コンコン。


 思考に沈んでいる頭を、扉をノックする音が引き戻した。


「舞の時間だわ」


 母が椅子から立ち上がった。


 母は定期的にこの宮殿の中に設置されている舞台で舞っている。

 それはそれは美しい舞だが、ほとんどの人が目にすることはない。


「無理、しないでね」


 そんなことの方が無理な気がするが、どうしても声をかけてしまう。


 ひらひらとした舞衣装をまとっていても、母が痩せ細っているのは隠せなかった。


 豊穣の舞は、神へ魔力を捧げる儀式だ。


 大地に実りをもたらす代わりに、舞う者の体力と魔力を削る。


 私が魔力を込めて最初から最後まで踊ったら一日寝込む。


 ——体への負担は相当のはずだ。


 母は頷き、内側から扉を開ける。


「ん?」


 扉の向こうに立っていたのは、近衛騎士ではなかった。


「セドリック様……?」


 そこには、王子が静かに頭を下げていた。

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