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亡国の姫は生活魔法で快適に暮らしたい  作者: 甘くないオクラ


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16/21

商売の責任

「仕事を奪いにきたわけじゃありません」


 私はフードを脱いだ。

 イルが一瞬、焦ったように私に手を伸ばす。

 けれど、私は構わず前を向く。


 金色の髪がさらりと肩へ落ちる。


「……え」


「貴族……?」


「なんで貴族のお姫様がこんな所に」


 洗濯屋にざわめきが広がった。

 周囲を見回し、ゆっくりと言う。


「私は、洗濯魔法を開発しました」


 辺りが静まり返る。先ほどざわめいていた人たちは顔を見合わせて訝しげにしている。


「洗いから乾燥まで、すべて一つの魔法でできます。魔石は必要ありません。おそらく、平民の皆さん数人の魔力量で発動することができます」


 彼女たちに話さずに、この洗濯魔法を使って新しく洗濯屋を始めることもできた。


 けれど、それでは彼女たちの仕事を奪ってしまう。


 この魔法で商売するなら、洗濯屋で働いている人たちと一緒にやること。仕事を奪うような商売はしないこと。


 それが、モニカの父と約束したことだった。


「クラウディア様、実際に見ていただいた方がいいかと…」


 モニカが私に言う。


「あ、うん、そうだね」


「見せなくていい!」


 そのとき、妊婦の母親をかばっていた男の子が、食い気味に叫んだ。


「貴族の作った魔法なんて信用できるか!」


「コルト!」


 母親がたしなめる。


「だって母ちゃん!」


 男の子は悔しそうに拳を握る。


 妊婦の女性が、小さく息を吐いた。


「先ほどは失礼しました。まだことの良し悪しがわからない、子どもなんです。どうか、許してください。罰するなら、どうか母親の私に」


 そう言って、私に向かって深々と頭を下げた。

 周りで見ている他の人たちの視線も突き刺さる。


「あ、いえ。別に大丈夫です」


 もちろんこんなことで罰するつもりはない。

 

「ありがとうございます。貴方様の寛大なお心に感謝します」


 女性は顔を上げた。


「ですが」


 先ほどよりも強さを増した眼差しで、こちらを見据える。


「不安に思っているのは私たちも同じです。お貴族様がおっしゃるのだから、すごい魔法なのでしょう。けれど、それが本当に私たちの生活を助けるのかはわからない」


「一度、魔法を見ていただけたら、きっと納得されると思います!」


 モニカが割って入る。


「見せていただいたところで、魔法を使わない私たちには、判断ができません。」


 女性は首を振った。


「私たちは、ここで必死に働いて、ようやく今日を生きています。」


 目が合う。

 ——切実な、目。


 女性は先ほどよりもさらに深く頭を下げた。

 

「お貴族様の生活の邪魔をしたりすることなんてありません。だからどうか……どうか、お願いします。見逃してください。」


 



「信用がない。……父様が言った通りですね」


 洗濯屋から出た帰り道。

 モニカがポツリと言う。

 

「……そうだね」


 私は頷いた。


 女性が頭を下げた後、私たちは何も言えなくなった。


 彼女たちは、日々の生活に必死だ。

 食べていくために。生きていくために。


 そこに素性のわからない、突然来た貴族の魔法を受け入れてくれ、というのは無理な話だろう。


 彼女たちが断る理由が、十分にわかった。


 (諦めるしか、ないだろうな)


 モニカの方をチラリと見る。

 彼女もまた、この商売にかけていた。

 おそらく、自分の人生を。


「……」


 モニカは俯き気味に歩いている。


 かける言葉を探したけれど、見つからない。

 

 店を出て私にフードを被せた後、何も言わずについてきているイルを、助けを求めるように見る。


 イルは私と目が合うと、静かに首を振った。


 今は、安易に言葉をかけない方がいい、と言うことだろう。


 けれど、暗い雰囲気のモニカの様子が、どうしても、気になって。


「……モニ——」


「決めました!」


 モニカが突然顔を上げた。その勢いに、私は危うく階段を踏み外しそうになる。


「き、決めたって、何を?」


「私、毎日あの洗濯屋に通います!信用してもらえるまで!すぐに諦めるなんて、できません!」


 モニカの顔に、さっきまでの暗い雰囲気はない。


「毎日?」


「はい。毎日顔を合わせて、仲良くなって……」


 モニカは想像するように、青い空を見上げた。


「一緒に洗濯して、彼女たちの大変さもちゃんと知りたいです。その上で、彼女たちを本当に楽にできる形で、洗濯魔法を広めます」


 モニカはぐっと、拳を胸の前で握る。

 

 彼女の目は、澄んでいて、まっすぐだ。


 (こんなに素直ないい子で、大丈夫なのかな?)


 商売人って、もっとずる賢いイメージがあった。


「そんなに、責任を持ってやるんだ。……商売って大変だね」


「これが、私の夢への第一歩ですから。時間はあまり残されてないですけど、できることをやってみます」


 


 将来を決められた境遇は、私とよく似ている。


 私なら、「仕方ない」で終わらせていたかもしれない。

 ——いや、現に、終わらせようとしていた。


 けれど。


 モニカは諦めない。


 自分にできることを探して、一歩ずつ未来を変えようとしている。


 ——私とは、まるで違った。

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