商売の責任
「仕事を奪いにきたわけじゃありません」
私はフードを脱いだ。
イルが一瞬、焦ったように私に手を伸ばす。
けれど、私は構わず前を向く。
金色の髪がさらりと肩へ落ちる。
「……え」
「貴族……?」
「なんで貴族のお姫様がこんな所に」
洗濯屋にざわめきが広がった。
周囲を見回し、ゆっくりと言う。
「私は、洗濯魔法を開発しました」
辺りが静まり返る。先ほどざわめいていた人たちは顔を見合わせて訝しげにしている。
「洗いから乾燥まで、すべて一つの魔法でできます。魔石は必要ありません。おそらく、平民の皆さん数人の魔力量で発動することができます」
彼女たちに話さずに、この洗濯魔法を使って新しく洗濯屋を始めることもできた。
けれど、それでは彼女たちの仕事を奪ってしまう。
この魔法で商売するなら、洗濯屋で働いている人たちと一緒にやること。仕事を奪うような商売はしないこと。
それが、モニカの父と約束したことだった。
「クラウディア様、実際に見ていただいた方がいいかと…」
モニカが私に言う。
「あ、うん、そうだね」
「見せなくていい!」
そのとき、妊婦の母親をかばっていた男の子が、食い気味に叫んだ。
「貴族の作った魔法なんて信用できるか!」
「コルト!」
母親がたしなめる。
「だって母ちゃん!」
男の子は悔しそうに拳を握る。
妊婦の女性が、小さく息を吐いた。
「先ほどは失礼しました。まだことの良し悪しがわからない、子どもなんです。どうか、許してください。罰するなら、どうか母親の私に」
そう言って、私に向かって深々と頭を下げた。
周りで見ている他の人たちの視線も突き刺さる。
「あ、いえ。別に大丈夫です」
もちろんこんなことで罰するつもりはない。
「ありがとうございます。貴方様の寛大なお心に感謝します」
女性は顔を上げた。
「ですが」
先ほどよりも強さを増した眼差しで、こちらを見据える。
「不安に思っているのは私たちも同じです。お貴族様がおっしゃるのだから、すごい魔法なのでしょう。けれど、それが本当に私たちの生活を助けるのかはわからない」
「一度、魔法を見ていただけたら、きっと納得されると思います!」
モニカが割って入る。
「見せていただいたところで、魔法を使わない私たちには、判断ができません。」
女性は首を振った。
「私たちは、ここで必死に働いて、ようやく今日を生きています。」
目が合う。
——切実な、目。
女性は先ほどよりもさらに深く頭を下げた。
「お貴族様の生活の邪魔をしたりすることなんてありません。だからどうか……どうか、お願いします。見逃してください。」
「信用がない。……父様が言った通りですね」
洗濯屋から出た帰り道。
モニカがポツリと言う。
「……そうだね」
私は頷いた。
女性が頭を下げた後、私たちは何も言えなくなった。
彼女たちは、日々の生活に必死だ。
食べていくために。生きていくために。
そこに素性のわからない、突然来た貴族の魔法を受け入れてくれ、というのは無理な話だろう。
彼女たちが断る理由が、十分にわかった。
(諦めるしか、ないだろうな)
モニカの方をチラリと見る。
彼女もまた、この商売にかけていた。
おそらく、自分の人生を。
「……」
モニカは俯き気味に歩いている。
かける言葉を探したけれど、見つからない。
店を出て私にフードを被せた後、何も言わずについてきているイルを、助けを求めるように見る。
イルは私と目が合うと、静かに首を振った。
今は、安易に言葉をかけない方がいい、と言うことだろう。
けれど、暗い雰囲気のモニカの様子が、どうしても、気になって。
「……モニ——」
「決めました!」
モニカが突然顔を上げた。その勢いに、私は危うく階段を踏み外しそうになる。
「き、決めたって、何を?」
「私、毎日あの洗濯屋に通います!信用してもらえるまで!すぐに諦めるなんて、できません!」
モニカの顔に、さっきまでの暗い雰囲気はない。
「毎日?」
「はい。毎日顔を合わせて、仲良くなって……」
モニカは想像するように、青い空を見上げた。
「一緒に洗濯して、彼女たちの大変さもちゃんと知りたいです。その上で、彼女たちを本当に楽にできる形で、洗濯魔法を広めます」
モニカはぐっと、拳を胸の前で握る。
彼女の目は、澄んでいて、まっすぐだ。
(こんなに素直ないい子で、大丈夫なのかな?)
商売人って、もっとずる賢いイメージがあった。
「そんなに、責任を持ってやるんだ。……商売って大変だね」
「これが、私の夢への第一歩ですから。時間はあまり残されてないですけど、できることをやってみます」
将来を決められた境遇は、私とよく似ている。
私なら、「仕方ない」で終わらせていたかもしれない。
——いや、現に、終わらせようとしていた。
けれど。
モニカは諦めない。
自分にできることを探して、一歩ずつ未来を変えようとしている。
——私とは、まるで違った。




