洗濯屋
男の子を追って通りを進む。男の子は洗濯物を抱えているからか、すぐに追いつくことができた。
細い路地に入り、いくつも道を曲がっていく。
イルが唐突に立ち止まった。路地の隅を見ている。
「どうしたの、イル」
イルは目をそらし、こちらを振り向いた。
「いいえ、なんでもありません」
何もなかったかのようにすぐに動き出そうとする。
(なんでもなくそんなところを見ることがある?)
私もイルが見た辺りをじっと目を凝らしてみる。
(ん?)
一瞬路地にモヤのようなものが見えた気がした。
何度か目を瞬かせ、もう一度見る。
何もない。幽霊でもいた?
「ディア様、行きましょう。彼はもう次の路地を曲がってますよ」
「ほんとだ。やばっ」
イルに促される視線を戻すと、男の子の姿が見えなくなっていた。先に着いていっていたモニカの姿もない。
急いで追いかけると、男の子はちょうど一軒の建物に飛び込んでいくところだった。
「ただいま〜! 今日はこれで最後!」
簡素な屋根があるだけの半屋外のような建物で、中からは水の音と女子供の声が聞こえてくる。
「おかえり! そこに置いといてくれ!」
先に着いていたモニカは、扉の影から中の様子を伺っていた。
私も真似をしてこっそり建物の中を覗き込む。
至る所に服の山、山、山。
大人が複数人水浴びできそうな大きなタライに水が張られ、その中に女子供が手を突っ込み洗濯をしている。
私と十は違うだろうと思うような小さな子供まで。
その奥にもいくつか大きなタライがあった。手前のタライと同じように人間が手を突っ込んでいるものもあれば、そのまま中に入り、足で踏んでいるものもある。
「クラウディア様たちはここにいてくださいね。私が交渉してきます」
「え? 交渉するって、何を?」
私の疑問を聞く前に、モニカは単身、建物の中に乗り込んでいく。
「すみません。……すみません!」
モニカの一度目の声は水音にかき消され、ほとんど叫ぶようにモニカは声をかけた。
「あ?!なんだい?」
手前で洗っていた女性が手を止めて、立ち上がり、モニカの方に歩み寄る。
私は思わず女性に釘付けになった。
お腹が大きい。妊婦だ。座り込んでいたから、わからなかった。
周りをよく見ると、他にもお腹の大きい女性がちらほらいる。時々しんどそうに手を止めては、額から流れる汗を拭っている。
「洗濯屋の皆さんにご相談があって来ました。私、マーチャント商会のモニカと申します。」
「商会ぃ?なんでそんなところからただの洗濯屋に相談なんて来るんだい。怪しい話じゃないだろうね」
妊婦の女性はモニカを頭の先からつま先まで眺めた。
「洗濯の仕事を少しでも楽にできるものをお持ちしました」
その言葉を聞いて、近くで仕事をしていた人達も手を止めた。
「洗濯の仕事を楽にできるものぉ? なんだい、それは?」
「母ちゃん! 」
先ほど洗濯物を運んでいた男の子が転がるように女性のそばにやってくる。
——彼の目は、真っ直ぐ私とイルを見ていた。
「あそこにも誰かいる! フード被った怪しいやつ!」
「なんだって?!」
妊婦の女性が勢いよく振り返った。
「あんたたち!誰だい?!」
妊婦は、こちらへずんずん歩いてくる。
「おい、母ちゃん! 無闇に突っ込んでいくな!」
男の子が母親をかばうように前へ出て、両手を広げた。
私は思わず、その小さな手に目を奪われる。
本来ならすべすべなはずの手は、赤く荒れ、ところどころ皮膚が切れていた。
「あ、その人たちは私の連れで!」
モニカが慌てて間に割って入る。
「連れぇ?! こんな怪しい出立ちの奴らがかい?!」
女性は興奮してモニカに詰め寄る。
(やっぱりこの格好は怪しかったって!モニカ!)
「いや、この人たちは、ちょっと訳があって。決して怪しいものじゃ」
(余計怪しいって〜!)
女性はモニカを睨みつける。
「だから最初から怪しいと思ったんだよ」
「洗濯を楽にするだなんて、うまい話があるもんか」
「どうせ金を巻き上げる気なんだろ」
周囲からも疑いの声が飛ぶ。
洗濯を止めて、私たちを伺っていた人たちが、一人、また一人とこちらへ集まってきた。
気付けば、私たちは半円を描くように囲まれていた。
「ここには何にもないよ」
妊婦の女性が一歩前へ出る。
「働ける場所がなくて、ようやく見つけた仕事なんだ。」
怒りが溢れていて、けれど、どこか必死さも感じるような声だった。
「その仕事まで奪いに来たっていうなら、帰っとくれ。」




