商談
金細工で飾られた調度品。壁にかけられた色とりどりの絵。見たことのない形の像。
一つ一つを見るとカラフルで派手なのに、部屋全体で見ると不思議とまとまっている。
商人の家とはこんな感じなのか。貴族の家とはまた違った雰囲気だ。
私は今、モニカの実家に来ている。
謎の形の像をソファに座ってぼーっと見ていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせしました」
モニカと、栗色の髪の男性が入ってくる。目元がどことなくモニカに似ている。父親だろうか。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえ。こちらこそ。急な来訪に対応いただき、ありがとうございます」
私も立ち上がり、挨拶に答える。
お辞儀をしてから上げた男性の顔に、柔和で人懐っこそうな笑みが浮かぶ。
「いやあ、モニカが学友を連れてくるなんて初めてでして。慣れないことなものですから」
そう言いながら、自然ともう一度ソファに座るように促される。
「娘はあまり学園でのことを話してくれないのですが、上手くやれていますでしょうか」
「モニカさんは、学園でもしっかりされていますよ」
私が座ったのを確認してから、男性はソファに座り、モニカもその隣に座った。
「それを聞けてとても安心いたしました」
侍女が音もなくやってきて、冷めてしまった紅茶を淹れ直してくれる。
「申し遅れました。私、モニカの父親のアルベルト・マーチェントと申します。マーチェント商会を営んでおります」
「クラウディア・シルヴェリアです」
「もちろん存じ上げておりますとも。シルヴェリアの姫君ですね。」
シルヴェリアはもう国ではないので、姫という表現は適切ではない気がする。
指摘するほどのことでもないが。
「空に浮かぶ楽園のような場所と聞いております。私も一度行ってみたいのですが、なかなか時間が取れませんでして」
「ぜひ来てください。案内しますよ」
そう言うと、アルベルトは一瞬目を丸くした。
「ははは。そうですか。姫自ら案内していただけるとは、光栄ですね。シルヴェリアに伺った際にはぜひお願いいたします」
商人らしい、人好きのする笑み。目の奥には、全てを計算するような理知的な光が見える。
「父様」
モニカがアルベルトを肘でつつく。
「わかっているよ」
アルベルトはモニカに頷いてから、こちらに向き直った。
「本日お越しいただいた理由は、娘から伺っております。なんでも、自作魔法で商売をされたいとか。娘が無理を言ってしまったようで、申し訳ありません」
「いえいえ。……私が作った拙い魔法ですが、使いたい人には使ってもらいたいですし。モニカさんも、商売にできるとおっしゃってくれて」
「そうだったんですね。娘も相当可能性を感じたのでしょう」
アルベルトはにこやかに頷く。
「私から見ましても、クラウディア様の作った洗濯魔法はとても魅力的な魔法です。売れる可能性は十分あるでしょう」
「そうなんですか」
私が適当に頷いた。
一方で、モニカは真剣な表情で父親の方を見る。
「父様、私にやらせてください」
モニカの横顔に、必死さを感じ取る。
(うん? なんだろう、深刻な感じ?)
「父様がおっしゃるように、この魔法は売れます。魔石代もかからず、魔法陣を設置すればしばらく持ちます。一般的な平民ほどの魔力量でも数回は起動できる」
アルベルトはちらりとモニカを見て首を振り、こちらに視線を戻す。
「娘は昔から商売が好きでしてね。……商売は商品の良し悪しだけでは決まりません。経験も人との繋がりも必要です」
そこでまた隣のモニカをちらりと見る。
「残念ながら、娘にはまだそのどちらもない」
モニカが反射的に何かを言い返そうとして、堪えるように俯く。
「……」
アルベルトがまた口を開きかけたところで、モニカがぼそりとつぶやいた。
「……嫁ぐまでに」
「え?」
私が聞き返すと、モニカが顔を上げる。
「……この魔法の商売で結果が出なかったら、大人しく嫁ぎます。だから、最後に一度だけ、お願いします!」
張り詰めたように言う。
けれど、アルベルトの表情は変わらない。
「お前の問題だけなら好きにさせるさ。だが、今回は違う。クラウディア様も関わる話だ」
アルベルトは静かに首を振った。
「私は許可できない」
モニカはハッとしたように黙り込む。
「この話は終わりだ」
モニカは唇を噛んで俯いた。
「クラウディア様にはご足労いただき、大変申し訳ございませんでした」
アルベルトは深々と頭を下げる。
「お詫びには到底及びませんが、我が家でもてなす用意をしております。この国の貴族街にいてはなかなか目にすることのできない茶菓子なども用意しております」
アルベルトは先程のやりとりはなかったかのようににこやかに話す。
モニカは悔しそうな顔で膝の上の拳を握り、俯いている。
——嫁ぐ相手も、進む道も、自分で選べない。
その姿が、誰かと重なって見えた。
「私には商売のことはよくわかりませんが……」
だから、思わず口を挟んでしまった。
「モニカがやりたいと言うなら、やってみたらいいと思います」
私も、本当はそう言って欲しかった。
「私は別にこの魔法が売れなかったところで、困ることはありませんから」
モニカが、私の方を驚いたように見る。
「クラウディア様……」
「それに。もしダメだったら、改良の余地があるということがわかって、むしろ私は嬉しいかもしれません」
付け加えるように言うと、アルヴェルトは目を丸くする。
少しの沈黙の後。
「はははっ!」
朗らかな笑い声が部屋に響く。
アルヴェルトは目尻を下げて、柔らかい笑顔でこちらを見た。
「なかなか面白い方ですね。クラウディア様」
アルベルトは笑いながら紅茶を口に運ぶ。
「普通の貴族なら、自分に利益のない話には首を突っ込みません」
「そうなんですか?」
「ええ。損をしないから構わない、というだけでも十分珍しい」
アルベルトは楽しそうに目を細めた。
「まして、失敗しても改良の材料になるから嬉しい、とは」
「まあ、あんまりお金には興味ないので」
最低限の生活ができる資産さえあればいいと思っているので、儲けたいとは思わない。
「良い方と知り合えたね、モニカ」
「はい……」
モニカは目を潤ませながら頷いた。
アルベルトはそんな娘を見て、小さく息を吐く。
「まったく」
呆れたような声だった。
「これで失敗したら、本当に諦めるんだよ」
モニカが顔を上げる。
「父様……!」
「ただし」
アルベルトは人差し指を立てる。
「好き勝手はさせない。商売は遊びじゃないからね」
その目は先程までよりずっと鋭かった。
「計画書を書きなさい。販路も原価も、見込み客も全部だ」
「はい!」
モニカが勢いよく頷く。
アルベルトは苦笑した。
「返事だけは昔から立派なんだ」
そしてこちらに向き直る。
「では、改めて。商談を始めましょうか」




