イライザ・ヴァルハイト
声がした方を振り向くと、赤色の髪を豪奢な巻き毛にした少女が立っていた。
濃い化粧が施され、はっきりとした顔立ちをしている。学園指定の白い制服も、レースやビジューがあしらわれ、美しくアレンジされていた。
その赤髪の少女の後ろに、もう一人。静かに微笑みながらこちらを見ている少女もいる。
こちらは痩せていて、背が高い。艶やかな黒髪に青い目のお淑やかな見た目の令嬢だ。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。お隣、よろしいですか?」
「ヴァルハイト嬢。ああ、問題ない」
赤い髪の少女は、王子の隣に腰掛ける。
彼女は、イライザ・ヴァルハイト。この国の公爵令嬢だ。そして、セドリックの元婚約者であり、ハルの現婚約者。
イライザは流れるような手つきで紅茶を淹れる。
「殿下が直々に紅茶を淹れられるなんて、婚約者様と仲が良くていらっしゃるのですね」
甘い笑顔をセドリックに向ける。
というか、もう一人のご令嬢は立ってるけど、座らなくていいのかな。
イライザはチラリともそちらを見ない。
セドリックは表情を変えずに頷いた。
「クラウディアがまずい紅茶を淹れていたからな」
「まあ!」
イライザは口元に手を添え、目を丸くする。
(もう、このデリカシーなし王子! 余計なこと言うんだから。)
「クラウディア様が伯爵令嬢になられてから、ずいぶん経ってますけれど、お茶会の作法はまだお慣れではないのかしら?」
「まあ、そうですね」
まだこんなものもできないのか、って?
お茶会をする意味がわからないから、慣れるつもりもなかったな。
「王族であれば、ご自身で紅茶を淹れる機会は少ないでしょうけれど……」
イライザは優雅に微笑む。
「クラウディア様は、今はこの国の貴族令嬢ですもの。こちらの作法にも慣れていただかないと」
彼女は見せつけるような所作でカップを傾けた。
「この国の貴族令嬢の教育は、まずお茶会の作法から始まりますもの。皆様、幼い頃に身につけられておりますわ。クラウディア様もきっとすぐ身につけられることでしょうね」
「うーん、どうでしょうね」
イライザは一瞬私の答えに動きを止める。けれど、すぐに笑顔をたたえた。
「お茶会はただお茶を飲む場ではありませんの。立ち居振る舞いや会話、相手への気遣い……そういったものを学ぶ場でもありますわ」
イライザはカップを置き、バサリと扇子を開く。
「殿下ほどのお方の隣に立つのならば、自然と高い品位を求められますのよ」
扇子の奥から、こちらを見据えてくる。
「わたくしも以前は殿下の婚約者でしたから、その重圧は理解しておりますわ」
「そうですか」
「けれど、クラウディア様は、”特別なお血筋”ですものね。たとえ作法に不安があっても婚約者に選ばれる理由がおありで羨ましいですわ」
(こっちとしては、その血筋のせいで無理やり婚約者に選ばれて、嫌なんだけど。)
「わたくしの新しい婚約者様も、クラウディア様のお兄様ですもの」
イライザは扇子越しに微笑む。
「きっと、とても自由なお方なのでしょうね」
ハルまで、馬鹿にして。
(ハル兄は別に礼儀知らずなんかじゃない。)
イライザは初対面の時から、いつも微笑みの中に嫌味を混ぜてくる。
そこまで考えて、ふと、ある考えが思いつく。もしかして。
「イライザ様って、殿下と結婚したかったんですか?」
イライザがぴしりと固まる。
(あ、当たり?)
「婚約者に戻りたいなら戻ればいいですよ。私もその方が、嬉しいし」
「どういう意味だ」
セドリックが身を乗り出して聞いてくる。
「言葉のままですけど。私には品位とかないですし、婚約者も王族の妻も務まりませんから。例え妾であっても」
「何を言っている。そういったものはこれから努力して身につけていくんだ。努力もなしに放棄するな」
(出たよ、熱血王子。)
「それに、クラウディア。何か勘違いしているようだが、お前は妾ではなく、ゆくゆくは王妃だ」
イライザの笑顔が消え、片眉がぴくりと上がった。
私は思わず叫んだ。
「嘘でしょ! 面倒くさすぎる」
「何が面倒くさいんだ」
「王妃なんて仕事がたっくさんあるじゃないですか! 外交とか、宮廷の統括とか、果てには国政の代わりとか!」
「国民の安寧のために働ける。名誉なことではないか」
「私の安寧がなくなります!」
セドリックに向かって抗議したそのとき。
——パシャッ。
突然、熱い液体が頭にかかった。




