聖女の血は毒なのか
霧が迫る夜空の下、私とフレイルくんは将軍の屋敷からやや離れた場所に立っていた。ベイルくんをはじめ、将軍やサムライたち、フレイルくんの部下の騎士たちは、邪魔にならないように、と少し離れた場所でこちらを見ている。
「ごめん、スイさん……」
フレイルくんは脱力したように地べたに座り込むと、項垂れてしまった。
「……なんで、あんなウソをついたの?」
フレイルくんのウソは、王都の人々と大地を危険に危険に晒すことになる。王子であるフレイルくんにとって、それは許しがたい行為だったはずなのに……。
「俺は、あいつの想いを守りたかったんだ」
「……」
私は黙った。
だって、そんな言葉だけでは、納得できなかったから。
フレイルくんは私の気持ちを察したのか、ウソの意味をさらに語った。
「ずっと、兄さんのことを好きなリリアを見てきたんだ、俺は。あいつは本当に、兄さんのためにずっと頑張ってきた。頑張った分、何回も泣いて、何回も立ち上がって、また頑張った。あれだけ全力で、諦めずに頑張れるやつを、あいつの他に俺は知らない。そんなやつの想いが報われないなんて……」
フレイルくんは拳を握りしめ、道路にそれを叩き付ける。
「許せないんだ! だから、俺が守る。あいつの想いを守るためなら、俺は……」
泣いている、のかな。
子どものくせに、女のために自己犠牲かよ。
フレイルくんは笑い出す。
小さく乾いた笑いだが、それは自嘲に満ち満ちていた。
「スイさんに軽蔑されても、構わないよ」
フレイルくんは手の甲で目元を拭うと、ふらりと立ち上がった。
「別に、軽蔑なんてしてないよ」
私は溜め息交じりに言う。
「ただ、フレイルくんって馬鹿なんだな、って思っただけ」
「馬鹿……?」
面を食らったのか、フレイルくんは目を丸くして私を見る。
「そうだよ。君は馬鹿だ。だってさ――」
私はフレイルくんを睨みつけた。
「そんなの、君の想いはどうするんだよ」
私たちは、さらに霧に近付く。これ以上は、聖女かドラクラではければ進めないだろう。
「フレイルくん、私も謝ることがあるんだ」
「なに?」
「私の血は、普通のドラクラとは同調できないんだ」
「……どういうこと?」
「私自身も分からない。けど、私と同調できたのは、ベイルくんただ一人だけ。他の人は、誰一人例外なく、私の血を飲むと体の異常に苦しんで、何日も寝込んでしまう。たぶん、君もそうなるよ」
フレイルくんは何を思ったのだろうか。薄く笑みを浮かべたように見えた。
「兄さんは特別ってこと?」
「特別なのか、ただのポンコツなのか……私たちにも分からないけどね」
「……大丈夫だよ、スイさん」
フレイルくんは、自信があるのか、真っ直ぐと霧を睨みつけた。
「俺は今まで兄さんができたことを、できなかったことはない。負けたのは、テストの点と方向感覚くらいだ」
「その自信が、君を守ってくれるといいけど……」
私は将軍に渡された儀式用の短剣を抜く。
「それじゃあ、やろう。絶対に無理しないでね」
「大丈夫。絶対に俺が……王都を守る」
本当はリリアちゃんを守りたいだけなんだろ。分かっているよ、フレイルくん。って、私もいつまでもネガティブ思考でいられない。
ベイルくんとフレイルくんは兄弟だ。
きっと、フレイルくんも私と同調できる。
そう信じるしかない!
私は短剣で指先を傷つける。
「天にまします我らが星の巫女よ。今こそ我が血に貴方の祝福を。そして、彼に魔を払う力を与えたまえ!」
そして、滴る血をフレイルくんの口元に。やや躊躇いを見せながら、フレイルくんが私の指先を口に含み、血を吸った。ゴクリッ、と彼が血を飲み込む。
「うっ……!!」
フレイルくんが口を抑えた。
やっぱり、ダメだったんだ!
「ぐっ……」
フレイルくんが前かがみになり、そのままうずくまると思われたが…… 。
「……き、きた!」
「ほ、本当??」
フレイルくんの筋肉が少しだけ膨れ上がった。ベイルくんみたいに、大人になることはなかったけど、身体能力が上がっていると見て間違いないみたい。
「行こう、スイさん……。霧の中へ!」
フレイルくんは腰に下げた長剣を引き抜くと、確かな足取りで霧の方へ進んで行く。
……あれ?
本当に大丈夫なのかな?
私は驚きながら、振り返る。
離れた場所で、こちらの様子を窺っているサムライたちの中、ベイルくんも私たちを見守っていた。
どうしよう、ベイルくん。
私、君以外のドラクラと同調できちゃったみたいだけど……。
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