第1話「夕暮れの三回ノック / 屋根裏の足音」
こんばんは。
なろうトップページのホラー企画のバナーを見て、思い出した話があるので書いています。……あ、でも、思い出したというよりは、耳の奥?で、またあの音が聞こえ始めた、と言った方が正しいかもしれません。
急いで書いているので誤字脱字など、読みにくいかもしれませんが、私の昔話を聞いてください。
あれは私が、幼稚園年長から小学校低学年くらいでした。
今のような、便利なツールやゲームがほぼない時代。遊びといえばもっぱら外で遊ぶくらいでした。ざらついたブロック塀を登ったり降りたり、神社やお寺の湿気た木と線香の混じる境内で走り回ったり、田んぼや畑で花を摘んだり虫を捕まえたり。用水路のフナを追いかけ捕まえたり。
そんな田舎で育った私の話です。
物心が付く頃に、過疎化の進む海辺の町から遠く離れた市内に引っ越した。
私は人見知りをしない性格だったので、引っ越した当日から近所の子らと交じって遊んでいた。男の子達のグループと女の子たちのグループがあって、男の子たちの家の前には錆びついたシャッターが半分閉まったまま、内側からかびと油、古い藁の混じったような臭いが漏れてくる商店跡。
そして、その前にあるアスファルトが歪に抉れ、亀裂からエノコログサやメヒシバが伸びている広場が格好の遊び場だった。
集まった子どもたちでボール遊びや鬼ごっこ、大繩飛びなどをして遊んでいた。
平屋家の、ビスの部分が黒ずんだトタン屋根にボールを投げて、傾斜で転がってきたボールを順にとるゲームでは、男の子と女の子の対決となるのが定番だった。
しかし、男の子たちがすぐルールを無視をしだすので、結局は女の子たちだけで遊ぶことが多かった。
私が一番年下で、当時、すぐ近所の女の子たち――キヨちゃんとさっちゃん、ミドリちゃん、そして、彼女と私の五人でいつも遊んでいた。
雨風に溶け、土に半分埋まった無縁仏の丸い石が並ぶ小径を横目に、あぜ道を軽やかに走り抜ける。アマガエルの大合唱が始まる頃に家に帰る。そんな毎日。
一匹が鳴き始めるとまた一匹、また一匹と鳴き始め、耳を塞ぎたくなるような騒音へと変化していく。その音に追いかけられ、飲み込まれそうになる前に家の中へ滑り込む。昼間の輪郭が消えゆくのに、子供心に妙な心細さを感じた。
アマガエルの騒々しい鳴き声に、時折、ブオーン、ブオーンと、ウシガエルの地を這うような不穏な鳴き声も混じる。泥の底の魔物が這い出してくるような不気味さがあった。
その近所のグループのリーダー的な存在だった、当時四年生くらいの女の子は、他の子たちがトタン屋根が印象的な長屋や平屋に住んでいたのに対し、あの田舎では珍しい洋風の三角屋根の家に住んでいた。
二階の縦長の小窓には西日を受けて少し黄色くなったカーテンがしっかりと閉まり、家の中の気配が全く感じられなかった。
いつものあぜ道を五人で飛ぶように駆け抜ける。時折誰かが縁で滑り片足を泥に取られて笑い合う。
あの日は、確か私の二つ上のさっちゃんだった。私の目の前で彼女が足を滑らせ、抉れてより細くなった泥のあぜ道を慎重に渡った。
渡った先には、田んぼの中に放置された石材置き場があった。子供たち五人が入れる大きな石の隙間が、石櫃のような湿った古代の遺物を思い起こさせる。
そこが、私たちの秘密基地だった。
今思えば危険極まりない遊び場だったが、瑠璃色の尾がぬらりと光るトカゲが石の隙間に消えるのを追いかけたり、足元に散らばる書ける石を探したりしていた。
そして、洋館のあの子……名前が思い出せないが『彼女』としよう。いつしか彼女が語る少し不気味で怖い話を聞くのが定番となっていた。
あの日は、いつものように少し土の匂いのする秘密基地の石の間で、d駄菓子の一口チョコを交換し、爪楊枝でつつくピンクの駄菓子を一つずつ分け合った。
彼女の切れ長の目に、入り口から差し込む僅かな光がギラと反射し、白い線が一瞬走った。。
「今日は三回ノックの話な?」
彼女が話し始めた。皆、彼女を食い入るように見る。
「学校の東側のフェンスのとこに電柱あるやん?」
「先生の車停めてるとこ?」
さっちゃんのお姉ちゃんで、一番年上のキヨちゃんが、ちょっと癖のある髪の毛を束ねながら聞いた。
「ちゃう、そこやなくて体育館の横の駐輪場のとこ。一本だけ道路やなくて、フェンスの内 側に古い木のが少し傾いて立っとるんよ。
そこの電柱な、暗くなってきた時間に横通るとな、必ず三回ノックする音が聞こえんねん。バレーボールの子らも聞いたって」
彼女は足元にあった小石を穴の外、少し遠くへ投げた。
――コツン。
二個目を拾って少し近くに投げた。
……コツン。
そして、三つ目の小石をつまみ上げると、目線だけ皆を見渡し、顔の横から石を落とした。
コツン。
石に閉じ込められたその空間にやたら大きく響いた。
「こんな音」
彼女の、少しかすれた声の反響が後ろから聞こえて、私はゴクッと唾を飲み込んだ。口の中で転がしていた駄菓子の最後の余韻は消え去ってしまった。
石の陰で目が慣れたはずなのに、夕暮れ時のような赤い闇が視界をよぎった。小学校という場所が一気に湿り気を帯びた気がした。
この秘密基地から出たら、学校の体育館横だったらどうしよう。そんなばかげた想像で、その土の匂いのする石場から動けなかった。
「それがきこえたら、どうしたらええん?」
私の一つ上のミドリちゃんが、さっちゃんの腕にしがみつきながら聞いた。
「絶対、返事したらあかん」
「へんじしたらどうなるん?」
「――夜中、窓が三回ノックされるから、絶対に返事したらあかんよ」
「え?それだけ?」
キヨちゃんの笑い声が、石の壁で一瞬だけ二重に聞こえた。キヨちゃんが笑ったから、みんな笑った。
彼女も、少し残念そうに笑った。
「あれ〜、怖なかった?怖いと思ったんやけどなぁ。ほな、別の話するわ」
「夜ねられへんくなるから、今くらいのがエエわ」
さっちゃんがミドリちゃんとキャーっと抱き合って怖い〜っ、とじゃれ合っていた。
私にとっては、今の話でも十分に怖かったが、皆が笑っていたから何も言わず、さっき彼女が落とした足元の石を眺めていた。
その石が、さっきよりわずかに彼女の方を向いているような気がした。
その石は、まるで小学校のフェンスの裏から、彼女の手を伝ってここまで這い寄ってきたかのように見えて、私は目を逸らすことができなかったのだ。そして今、私の部屋の壁の向こうで鳴っているのは――
「うーん、ほな、屋根裏のお話な」
彼女がそう言った瞬間、あの三角屋根の家から漂ってくるような、西日に焼けたカーテンの布の匂いが、秘密基地の狭い石の隙間にふっと満ちて、音が一瞬だけ消えた。
「うちらの家は小さいからやねうらないわ」
「しぃ、さっちゃんお話聞こう」
「ごめんな、はなして」
うん、と彼女が頷いて話始めた。
「狭くない、広い屋根裏の話」
皆がくすくすと笑った。
「屋根裏でな、トン……トン……って足音がすんねん。歩く……歩いてるんやけど、何かを探してる様にウロウロと。ほんでな、それに気づいてしもたら、その足音が階段を降りてくんねん。
トン……、ミシッ、トン……、トン……、
――そして、最後の一段で止まる。ピタリと」
「うちの家、かいだんないからだいじょうぶやわ」
ミドリちゃんが、ホッとした声で、足元の石を軽く蹴った。
カーン……。
カラン、コロンコロン……
どこから聞こえたのか分からない、石ではない音が混じっっていた。
「「きゃあ!!!」」
「いったぁ!」
さっちゃんが飛び上がった際に頭を石の壁にぶつけた。
「わぁ、さっちゃん大丈夫?」
私は跳ねる心臓の音が皆に聞こえるのではないかと思った。今までかいたことのない量の汗が、手のひらから流れていた。
その日はあきれ顔のお母さんに見守ってもらいながら、トイレに行った。
布団をかぶってもあのコツンという石の音が耳の裏側で鳴っている気がした。、なかなか寝られずお母さんの布団に潜り込んだ。
階段の最後の一段で止まる足音……
なぜそこで止まるのか?彼女はなぜそれを知っているのか。オレンジの豆電球でうっすら浮き上がる天井の波打つ木目が、笑ったように揺れた、気がした。
さっきまで鼓膜を震わせていたアマガエルたちの、狂ったような大合唱が突如ピタッと止んだ。刃物で断ち切られたような突然の静寂に、キーンという音が大きくなった。
パチッと家が軋む音がしてギュッと目をつぶって無理やり眠りについた。耳が痛くなるほどの、ねっとりとした静寂。
田んぼの泥が、夜の闇にじっと息を潜めている。
……いや、違う。
カエルたちは怯えているのだ。この町一帯のどこかで、彼らを根こそぎ貪り尽くす『何か』が蠢き始めたことに。
【あとがき】
夏の企画、まずは第1話、ご愛読ありがとうございました。2作品目、まだまだ拙い文章ですが、今回は私の幼少期の記憶を辿って書いてみました。
田舎の独特の空気や、時代を感じていただければ嬉しいです。
書いていたら静かすぎて、少しだけ耳が痛いくらいです。良かったです。
次回、第2話「逆さ井戸の声」です。明日22時に投稿します。




