2話
途中で何度か墜落し、休憩をとりながらも、幼竜は自分を咥えて飛び続けた。
川原で水を飲んでいる時、幼竜が折れた腕と脇腹に鼻ツラを押し付けてきた。そのままじっとしていると、温かな気が流れ込んできた。
「――お前、竜気を使えるのか……」
痛みが和らぎ、腕も体も動かしやすくなっていた。だからお礼がわりに、孵化してまだ何も食べていない幼竜のために木の実を採ってやった。幼竜はそれを美味しそうに食べ、お礼のお返しだと言わんばかりに、再度鼻ツラを押し付けてきた。
「……オレの服で口を拭くな」
そうやって、山の麓の里はずれまで無事に降りてくることができた。
「――宵羽!」
名を呼ばれ顔を上げると、向こうから走ってくるのは父親。その後ろから里の男たち。これから自分の捜索に向かうところだったのかと、ぼんやり考えていると、皆が引き攣った顔で突如立ち止まった。
「父さん?」
そこでようやく、傍らの幼竜の存在に気づいた。幼竜の方も怯えているのか、上着の裾を咥えて背後に隠れている。その頭をそっと撫でれば、銀の目がじっと見上げてきた。
「蒼穹竜?いやでも、色が……」
誰かが漏らした声が聞こえてきた。青い色の竜を総じて蒼穹竜と呼ぶが、この幼竜はそれよりも濃い藍色。
「孵化に居合わせたら、そのまま着いてきた。こいつのお陰で、山を降りることができたんだ」
そう説明すれば、父親と里の男たちは呆けた顔のまま、自分とへばりついて離れない幼竜を交互に見た。大人たちの顔があまりにもおかしくて、思わず吹き出してしまった。
父親に背負われて里に戻る間も、幼竜は「きゅるー、きゅるー」と鳴きながら少し離れたところから着いて来た。保護者と引き離された幼子が泣いているようで胸が痛んだ。だが、折れた手では抱えて歩くこともできず、かといって他の大人が近づくと逃げてしまう。
結局、幼竜は鳴きながら里まで着いて来てしまった。
里につけば、同じように誰もが幼竜を見て息を呑んだ。子供達は興味深そうにしているが、大人は武器に手をかけている者もいた。
竜は神の眷属。この国で最も尊ばれる存在だ。その幼竜が、自分の服を咥えたまま離れない。
「……まさか、刷り込みか」
誰かが呟いた。長老たちは困惑したように顔を見合わせ、やがて里長が深く息を吐いた。
「引き離せば、幼竜は死ぬかもしれん」
その一言で決まった。――こうして、自分は藍竜の親代わりとなった。
強くなり始めた初夏の日差しの下、黍畑の緑が濃く色づいていた。石垣で段々に区画された畑には、手入れに来た里の者の姿がちらほら見えた。
「藍瑠」
宵羽の声に、石垣の端で子供達と戯れていた幼竜が藍色の頭を上げ、「きゅう」と鳴いて返事を返してきた。その体がふわりと浮いて、宵羽のところまで飛んで来た。
「クルルル」
目の前に着地した幼竜は、嬉しそうに喉を鳴らして宵羽の服の裾をキュッと掴む。
「……オレの服で手を拭くな」
卵から孵化して、そのまま里まで着いてきたこの幼竜を、宵羽は「藍瑠」と名付けた。
親代わりだと献身的に世話した甲斐あって、幼竜は宵羽に懐き、どこへ行くにも着いて回った。畑仕事をする時も、狩りをする時も、寝る時も常に一緒。
最初は宵羽にへばりついて離れなかった藍瑠も、いつの間にか里に馴染んでいった。人見知りはそのままだが、それでも里の者たちは愛くるしい幼竜を可愛がってくれた。
先ほどまで戯れていた子供達とも、畑仕事について来るうちにいつの間にか連むようになっていた。
「友達がたくさんできたな」
そう言って頭を撫でると、藍瑠は嬉しそうに目を細めてクルクルと喉を鳴らした。言葉を発することはできないが、意味は完全に理解しているらしい。
石垣の上に置いていた矢筒を腰のベルトに装着していると、藍瑠が突然、頭を上げて甲高く鳴き出した。
「きゅっ、きゅる――――、きゅる――」
警戒しているときの鳴き方だった。




