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深山の王  作者: 森村征爾
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第七話 奪い合い

この山の縄張りに何度も我と同じ生き物が入ってきたが、振り下ろす前脚でなぎ払うことができた。


骨は簡単に折れ、肉は裂け、そのまま動かなくなる。

中には倒してから喰ったものもいた。


何度か戦いを繰り返すうちに、この縄張りを奪おうとするものは居なくなった。

だが、この縄張りだけでは足りない。

もっと喰い物が必要だ。

縄張りを広げ争いは起こったが、すべてなぎ払った。

気がつけば、この山に我と同じ生き物は居なくなっていた。

飢えは満たされ続けた。


あの特別な匂いを放つ同じ生き物にも遭遇するたび何度も下半身を打ち付けた。

理由はわからない。ただ身体が求める。


この山の主は我。


そう感じながらも、警戒だけは消えなかった。

いつものように喰い物を探して山の中腹に来たとき、暴れている四つ足の生き物が目に入った。いつもならこの四足は木の皮を食べ跳ねる様に走る。

様子がおかしい。

同じ場所で飛び跳ね、その場から離れない。

鼻にまとわりつく嫌な匂いと、濃い血の匂いが周囲に広がっていた。



なんだこれは…。


近寄ると、我の姿に気付き大きく跳ねた。

だがすぐに同じ場所へ引き戻される。

足に蔓のようなものが巻き付き、締め上げている。

暴れるたびに肉が裂け、赤い体液が垂れ流れていた。


喰える。


だが違和感が残る。

蔓は地面ではなく、木へ繋がっている。

その匂いは、あの長い筒と同じだった。

危険だと身体が告げる。

だが、目の前の四つ足はすでに弱り、呼吸も浅い。

逃げることも出来ず、その場に崩れかけている。


蔓に触れなければいい。

それだけだ。


そう決めた瞬間、身体は動いていた。

一気に間合いを詰め、叫ぶ暇も与えず喉元へ牙を立てる。

骨が砕け、抵抗が消える。

蔓の巻いた足を避け、残りを咥えて引きずった。

重い肉が地面を擦り、血の跡が続く。

穴から離れた場所まで運び、腹を裂いた。

内側の熱が溢れ出る。

半分ほど喰らい、残りは地面に埋める。

土をかけ、匂いを隠す。

後でまた喰えばいい。

周囲には血や肉、骨片が飛び散っていたが、その上を踏み砕きながら寝床へ戻った。



しばらくして…

チリン、チリンと音が近づいていることに気付いた。

耳が立つ。

あの音だ。

二本足。しかも複数。

巣穴の奥でじっと様子をうかがう。

風に乗って、二本足の体臭が流れてくる。

その中に、もう一つの匂いが混じっていた。

土と体液の混じる匂い。

我が埋めた喰い物だ。


奪うのか、許せぬ。


木々の間から様子を窺うと、二本足が我の埋めた場所を掘り返していた。

手を突っ込み、肉へ触れている。

奪う気だ。

喉の奥で低く唸りが漏れる。

奪われてたまるか。

ゆっくり二本足らに近づく。二匹なら倒せる。追い払える。



パキッ。



我の足元で乾いた枝が鳴る音だった。

二本足らがこちらに向くや長い筒を我に向ける。

今までの縄張り争いによる強さへの自負はあった。

長い筒に対する怖さはない、水辺の主の様な畏れも感じぬ。

目の前に居る二本足へ最大限の咆哮を叫んだ。


我の喰い物に、

我の森に、

我の山に、

立ち入る事も触れる事も許さぬ。


咆哮しながら立ち上がり二本足らを見下ろした。

二本足らは長い筒を構えたままだ。

二匹らは叫ばずただ立ったままだ。

いや、さがっている。

少しずつ、少しずつ。


どこへ行く?

我は問いたい。

何故、縄張りを荒らす。

何故喰い物を奪う。

そう二本足たちの目に問いただした。


二本足の一人は腹の下から排泄物を流している。小さく震えながら。

か弱き生き物を倒して喰う…しかし

喰うには腹が満たされている。


ならばどう倒すか、だ。


二本足はさらにゆっくり後退しているが問題ではない。

一踏みすれば、我の爪の距離だ。

咆哮を唸りに変え二本足を見定めた。

二本足たちは後退しながらも


「デカ過ぎる…。」


「この銃では無理だ」


「目だけは離さず後退しよう…。」

二本足のメスが囀った声より小さく囁いている。

意味はわからぬ。


周囲の音はいつの間にか消え去っていた。

喰い物の周囲からは離れられぬ。

ジッと二本足を見据えていると

二本足らはやがて藪の中に消え去った。


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