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第十五話 飢え
山から、生き物が消えていた。
飢えは混乱を招き判断を誤らせる。
もはや長き眠りには入れぬ身体ではないか…。
毎日のように二本足たちが山へ入ってくる。
山を踏み荒らし、長い筒を抱え、黒い羽虫を空へ放ち、黒い鳥の羽ばたきは山の木々を薙ぎ倒す。
巣穴へ戻っても落ち着かない。
耳を閉じても、あの羽音が頭の奥に残っている。
腹が減っていた。
何日もまともに喰っていない。
身体が求めているものは、もう二本足のあのメス。
恐怖に震えながら逃げる姿。
汗と涙の匂い。
牙を立てる前から漂う、あの甘い匂い。
それだけが頭から離れない。
我は巣穴の奥で目を閉じた。
あの若いメスの姿が浮かぶ。
老いたオスの後ろで震えていた、あのメス。
あと少しだった。
老いたオスがいなければ、あの柔らかな首へ牙を沈めていた。
喰いたい…。
喰いたい…。
喰いたい…。
喰いたい…。
我はゆっくり立ち上がった。
もう山には喰うものがない。
二本足たちが山を壊す。
…ならば…。
最後に、あのメスだけは逃がさぬ。
それだけを考えながら、我は山の中を歩き始めた。
尾根を越え、沢を渡る。
脚は重い。
空腹で身体が軋む。
それでも止まれなかった。
風の奥から、微かにあの匂いが流れてくる。
若いメス。
忘れたことなど、一度もない。
山の土を踏みしめながら、二本足の匂いが流れる方へ歩き続けた。




