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深山の王  作者: 森村征爾
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最終話 山の理

若いメスの匂いは、山の下から確かに流れていた。


近い。


木々の間を抜け、静かに木に囲われた巣へ向かう。


風は我の方へ流れている。

まだ気づかれてはいない。

あと少しだった。

その瞬間、


山が裂けた…。


轟音が響き、胸へ強い衝撃が走る。

何が起きたのか理解する前に、熱いものが身体から吹き出していた。


な、なんだ…。


次の瞬間、また轟音。

肩が砕け、脚がもつれる。


熱い…。



綿毛に身体が沈みかける。


木々の向こうには、何匹もの二本足が並んでいる。


なにをした…。


全員が長い筒を構えている。

その中央には、老いたオスが立っていた。


我は咆哮した。


だが三つ目の轟音が腹を貫く。

身体から力が抜けていく。

それでも前へ出ようとした。

若いメスの匂いが、まだ鼻先に残っていたからだ。

だが脚は動かなかった。


身体が崩れる…。


我は岩肌へ身体を預けながら、ゆっくり呼吸を繰り返した。


息が浅い。


白い綿毛が視界へ落ちてくる。

風の匂いが薄れていった。

その時、不意に親の匂いを思い出した。

暗い穴、温かい身体、白い汁。


胸の奥が静かになっていく。

もう寒くなかった。

やがて呼吸は止まり、山は静けさを取り戻した。


二本足たちはしばらく動かなかった。

誰も言葉を出さず、綿毛へ沈んだ巨体を見つめている。

やがて老猟師は息を吐き、白く霞む山を見上げた。


「これだけ捜索隊や捜索ヘリを飛ばしたら、もう山に生き物はおらん…。」


若い者たちは黙ったままだった。

老猟師は静かな声で続ける。

「鹿も戻らん。魚も戻らん。生き物は帰らぬな…。」


風が吹き、雪が舞う。


「この獣を追い詰めたつもりじゃったが…。」

足元の巨体を見下ろしながら呟く。



「本当に追い詰められたのは……この獣か? わしら人間か?」


誰も答えない。


ただ風だけが、山の主の毛を揺らしていた。


老猟師は目を細め、小さく呟く。

「山の理は、いつも正しい」

長い沈黙のあと、空を見上げた。

「山に喰うか、喰われるか……次に喰われるのは…人間じゃな。」

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