表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深山の王  作者: 森村征爾
14/17

第十三話 紅い視線

白い綿毛が山を覆ってから、生き物たちの気配は目に見えて減っていた。

四本足の牙の群れは尾根の奥へ消え、水辺へ下りても銀色の生き物は薄い。小さな四本足たちまで、風の音に怯えるように姿を隠している。


 山が静かだった。

だが、その静けさは以前とは違う。

どこか落ち着かない。

風の奥に、常に二本足の匂いが混ざっているからだ。


 煙の匂い。油の匂い。鉄の匂い。

そして、山には存在しないはずの乾いた匂い。

老いたオスと遭遇してから、その匂いは日に日に濃くなっていた。

我は木々の間を歩きながら鼻を鳴らす。

すると前方の木に、またあれがあった。

細い紐で幹へ括り付けられた、小さな黒い箱。

近づいた瞬間、箱の中央で赤い光が小さく灯る。


 我は足を止めた。

丸い穴がこちらを向いている。

生き物の目のようだった。

だが、息遣いはない。体温もない。ただ、動かぬままこちらを見続けている。

最初に見つけた時は、二本足の置き忘れだと思った。


 だが違った…。

箱を壊した山には、必ず後から二本足が増える。

長い筒を持った者たちが何匹も山へ入り、雪を踏み荒らしながら歩き回る。木々へ触れ、地面を見つめ、まるで何かを追うように匂いを残していく。


そして、その足跡は少しずつ我の縄張りへ近づいていた。

我は低く唸りながら箱へ顔を寄せた。

微かに、老いたオスと同じ匂いが混ざっている。

あの長い筒の匂い。

腹の奥が熱を持つ。

あの時、肩を裂かれた感覚が蘇った。

我は前脚を振り抜く。

箱は鈍い音を立てて砕け、硬い破片が白い綿毛の上へ散らばった。

それでも胸のざわつきは消えなかった。

その場を離れ、尾根を越え、沢を渡った。

だが、どこへ行っても同じ匂いがある。

木々へ括り付けられた黒い箱。

こちらを向く丸い穴。

近づけば灯る赤い光。

まるで山そのものが、我を見ているようだった。

 気に入らぬ…。

 山を見るのは我だけでいい。

匂いを辿り、獲物を探し、気配を読むのは山の主である我だけのはずだった。

それなのに今は違う。

二本足が山を覗いている。

岩陰の奥まで。

獣道の先まで。

我が眠る場所の近くまで。

知らぬ間に入り込み、姿を隠したままこちらを探している。

我は木の幹へ身体を擦りつけながら、ゆっくり周囲を見回した。

白い綿毛が静かに降っている。

風は弱い。

生き物の気配もない。

それなのに、見られている、背の毛が逆立つ。

不意に、遠くで乾いた音が響いた。

二本足らの声。

白い綿毛を踏み潰す足音。

二本足たちがまた山へ入ってきている。

我は木々の奥へ身を沈めた。

だが逃げながらも理解していた。

これは偶然ではない。

二本足は、我を探している。

あの赤い目を使いながら。

白い綿毛の向こう、木の幹へ括り付けられた黒い箱が、また静かに赤く光った。

それはまるで、山に増え続ける無数の目のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ