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深山の王  作者: 森村征爾
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第十話 もう一つの罠

二本足のメスのハラワタは、これまで喰ってきたどの肉とも違っていた。


牙を立てるたび、ぬめる内側が指のように逃げようとし、噛み切れば弾くように跳ね返るではないか。

逃がさない。

熱いハラワタを前脚で押さえつけ、口を深く差し入れる。

絡みつくそれらをまとめて引きずり出し、噛み潰し、飲み込む。

腹の奥へ落ちるたび、熱が広がる。

足りない。


もう一つの肉塊へ顔を埋める。

爪を立て、身体をひっくり返す。

柔らかい部分へ牙を入れ、尻の奥から無理やりハラワタを引きずり出した。

排泄物の匂いが混じる。湯気が辺り一面に広がる。

だが、それすらも邪魔にならない。

それ以上に濃い匂いが、舌も喉も支配していた。

一番柔らかなものを食べ尽くしてから、胸へ移る。熱い肉はまだ冷めておらず動く臓物もある。

胸の骨ごと噛み砕くと、内側から汁が溢れた。

腕も同じように裂き、引きちぎり、喰らう。

皮はプツリと音を立て、

繊維は音もなく一定方向に裂ける。

やがて、動かす部分が減っていく。

爪による衝撃で片方の眼球は地を力無く見ている。

少し鼻先で突くと地に落下した。

小さき頃の様に遊び咥えた。

牙が触れた瞬間、薄い皮が破れ、中から柔らかな汁がにじみ出た。

舌先で触れる。

しょっぱい。

脂とも血とも違う、淡い味だった。ひと噛みで潰れ、奥から粘るものが溢れる。


足先や頭の欠片。

それらは喰わず、土を掘って埋めた。

もう喰うためではない。

匂いを残すためだ。

ここにあると知らせる。

ここに来させる。

二本足のオスは来る。

あの厄介な、鼻の利く四本足と共に。

だからこそ、ここにはいない。

血と肉にまみれたままでは、辿られる。

私は水場へ向かった。

流れの中に身体を沈め、毛の奥に絡んだ赤黒いものを擦り落とす。

何度も、何度も。

岸へ上がると、以前見つけた匂いの強い植物へ身体を押し付けた。

葉を潰し、汁を毛へ擦り込む。

首。背。腹。脚。

自分の匂いを消すのではない。

別の匂いで覆う。

それが終わると、巣穴へ戻った。

奥へ潜り込み、身体を丸める。

静かだ。

だが、遠くで何かが動いている。


翌朝。

まだ光が山に差し込む前から、遠くの方で声が響いていた。

二本足どもの声。

何を言っているかはわからない。

だが、落ち着きのない響きだった。

やがて....


山が弾けた。


腹の奥まで響く、空気を叩き割る音。二本足どもの長い筒の音だ。

その直後、山は一瞬で静まり返る。

鳥も、虫も、すべてが止まる。

そしてまた声。


「当たったぞー!」

複数の声が重なる。

荒い息。短い叫び。

その間に混じる、


四本足の吠え声。

「ウォン! ウォン!」

興奮している。


辿り着いた。そう確信した。


私は巣穴の奥で耳を澄ませた。

近づいては来ない。

こちらを探している匂いではない。

罠に、掛かった。

二本足らは我と同じ姿の生き物を消し去ったのだ。

小さく鼻が鳴った。

仕掛けたものに、引き寄せられている。


私は目を閉じ、

ゆっくりと眠りに沈んだ。

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