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深山の王  作者: 森村征爾
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第九話 罠

親は生きる術を残し、

水辺の主は消される理由を残し、

そして二本足は簡単に生き物を捕るやり方を山に置いていった。


見た、そして覚えた。

消されないやり方を。


二本足のメスが好む植物があることも知っている。だがそれを喰わない。周囲に匂いを残し、幹に爪を入れて、ここが我の場所だと刻むだけでいい。そうすれば四本足は寄り付かず、小さきものも近づかない。山は静かになる。

それでも二本足だけは違う。匂いを恐れず、境界を理解せず、平然と踏み込んでくる。

だからこそ、すでにかかっている。目には見えないが、この場所そのものが捕らえる場所なのだ。


チリン、チリン、と下から音が這い上がってくる。



近い。


身を沈め、息を細くし、風の流れに身体を沿わせながら待つ。

やがて現れたのは二つの影。二本足のメスが二匹、足元だけを見ながら歩き、手を伸ばしては植物を摘み取っている。警戒はない。視線も上がらない。採ることだけに意識が向いている。

一匹ずつ。


「私、ちょっとトイレ」

声が落ちる。何度も見てきた流れだ。動く前に鳴き、離れる前に鳴く。意味は分からないが、その後に起きることは分かる。



一匹が離れた。

藪に入り座り込む。

湯気と共に周囲に排泄物の匂いが湿って広がる。

縄張りを汚す意図はない、ただ出すだけの行為。

だが距離が生まれる。



風下へ回り、枝を踏まぬように土を選び、重さを逃がしながら背後へ入る。座り込んだ背は丸く、首は前へ落ち、何も見ていない。あまりにも無防備で、狙いは自然と一つに絞られる。叫ばせないように首へ入れる脚に溜めた力が解けて身体が滑り出し、前脚で押さえた瞬間に牙が肉へ沈み、骨に当たって鈍く砕けた。


抵抗は一瞬で途切れる。重さが抜け、手応えだけが残る。

周囲は変わらない。羽ばたきも、虫の音も、そのままだ。

ただ、目の前のものだけが変わる。

さっきまで動いていたものが、もう動かない。

匂いが切り替わる。生きている匂いから、喰える匂いへ。

我は口を離さない。まだ終わっていない。


もう一つがいる。

耳を立てる。遠くない。

枝の擦れる音。土を踏む軽い足。

そして、あの声。


「ねえー?どこー?」

戻ってきている。

まだ動くな、まだだ…。

肉塊となったそれを、そのまま地に落とした。


鼻先を上げ、風向き、位置、距離。

すべてが重なるのを待つ。

藪の向こう、葉の隙間に色が揺れた。


警戒もせず、一歩、また一歩。


足音が止まった。


「……?」

メスが気づいた瞬間、身体はすでに反応していた。

地面を蹴る音は一度だけ。

あとは…。

振り向く途中の顔に、前脚を叩きつけた。

鈍い音と共に骨が崩れる感触。

叫びは、形になる前に潰れた。

しかしまだ蠢き、腕が上がる。

何かを掴もうとしている。

空に向かい力無く。


牙を首へ、薄い。

すぐに届く。

皮が裂け、肉を抜け、骨に当たる。

そのまま力を込めると、腕は地に落ちた。


静かになった。

耳を動かす。

周囲は変わらない。

鳥も、虫も、そのままだ。

二つ。

並ぶ肉塊。

匂いが重なる。

血。脂。内側の熱。

あの時と同じ。

胸の奥が熱くなる。

だが今は違う。



今度は迷わない。

皮を裂き、肉を引き剥がす。

骨ごと引き寄せ、噛み砕く。

二つの匂いが、口の中で混ざる。

腹が満ちていく。

だが、それだけでは終わらない。

頭の奥で、あの感覚がまた動く。

ただ喰うだけでは足りない。

残す。

繰り返す。

呼び込む。

土を掘る。

柔らかい場所を選び、肉の一部を埋める。

血を擦りつける。

踏み荒らす。

匂いを散らすのではない。

残す。

ここにあると、知らせるために

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