楽しい大学生活【1】
スティナの日常編。
のちに『ヴァルプルギスの宴』事件と呼ばれるようになるヴァルプルギス大量発生事件から三日後。何とかすべての報告書を書き終えたスティナは、久しぶりに大学に出てきていた。一応、彼女が休んでいるのは入院中の為となっているが、これ以上は本気で出席日数がヤバイ。
講義室に行くと、ちらほらと学生が集まっていた。スティナは空いている席に座る。鞄をあさり、テキストを探していると「おはよう」と声がかかった。
「……おはよう」
顔を見ると、同じゼミのディーサ・アールストレームだった。長い栗毛をポニーテールにした活発な印象の女性である。実際、スティナより背が高く、テニスサークルに所属しているらしい。
「なんか久しぶりだねー。研究発表中に早退して以来じゃない?」
ニーグレーンにヴァルプルギスが大量発生してから二週間近く経過している。その間に、スティナは大学に出てこなかったわけではないのだが、研究室には顔を出していないので。ディーサと顔を合わせるのは久しぶりだった。
ディーサはスティナの隣に座ると、「ねえねえ」と話しかけてくる。
「三日くらい前に、首都のビル街が封鎖されたじゃん」
「ああ」
スティナは中断していたテキスト探しを再開し、筆記用具等も取り出しながらうなずいた。
「あれってさ、司法省の特別監査室が討伐師たちの市民虐殺を隠すためっていう話だけど、実際のところ、どうなの?」
「……」
スティナは自分の左隣に座ったディーサを横目で見た。彼女は笑って「睨んでも顔が可愛いから迫力ないわよ」と笑っている。
「何故私に聞く。広報係にでも聞け」
「だって、スティナって討伐師でしょ」
あっさりとしたディーサの言葉に、スティナはとっさに左手をあげて彼女のセリフを遮った。そこに、タイミングよくチャイムが鳴った。講義を行う准教授が教室に入ってきてスクリーンに映像を映しはじめた。この准教授の授業スタイルは、基本的にこうなのだ。
「まあ、討伐師じゃなくても、何らかの関係があるんでしょ。タイミングが良すぎるもの」
確かに、ディーサの指摘通り、スティナが姿をくらましてからまた現れるまでの間に一連の『ヴァルプルギスの宴』事件が起きているのだ。スティナとそれなりに付き合いがあるのものなら、彼女の言動からそう推測してもおかしくはない。
ディーサが確信しているのなら、ここではぐらかすのは逆効果だろう。スティナはペンを持った手で頬杖をつきながら言った。
「守秘義務がある。詳しいことは広報係で聞け」
「その広報係、って言葉が、行政っぽいのよねぇ」
ディーサがペンを指先で振りながらそう答えた。確かに、普通は広報係、とか言わないか。思わず舌打ちした。
「あなた、そう言うところが残念だっていう自覚はある?」
ディーサにツッコミを入れられたが、スティナはスルーした。あくびをかみ殺しつつ、講義を聞き始めたスティナだが、会話をやめたディーサがすぐに寝息をたてはじめた。講義を聞くつもりはないらしい。ちなみに、スティナは最後まで起きていた。
クロンヘルム大学の一講義の時間は百分である。結構長い。講義終了のチャイムを聞いたスティナはぐっと伸びをした。
「スティナ。この後の講義は?」
「午後一にもう一つあるけど」
「じゃあ、その後に研究室来てよ」
「なんで」
次の研究発表は明後日のはずだ。スティナがいぶかしげにディーサを見ると、彼女は笑って言った。
「いいじゃない。たまにはおしゃべりでもしましょうよ」
眉をひそめるスティナに答えを求めず、ディーサはスティナの肩を組んだ。彼女はスティナより背が高い上にヒールのある靴を履いているのでスティナよりかなり大きく見えた。
「じゃあまずは一緒にお昼食べよう」
「……」
スティナは無言で視線を逸らした。どうしてこうなった。
△
ディーサと一緒に昼食をとったスティナは、そのまま午後の講義に向かい、今その講義が終了したところだ。その足で彼女は研究室に向かっていた。その前に、大学内のコンビニで飲み物とお菓子を買った。
一応ノックしてから研究室のドアを開けると、教授は不在でゼミの女子三人がいた。シーラとディーサと、もう一人。金髪をふわっと巻いたお嬢様系の恰好の女性、マリー・ユーンがいた。
マリーはいつも夢見るようなふわふわした印象なのだが、今日は一段とぽわんとしていた。それは、さすがのスティナもわかるくらいの浮かれ具合だった。
「あ、来た来た」
ディーサが笑顔でちょいちょいと手招きした。スティナはため息をつき、空いている彼女の隣に座った。シーラの真向かいである。左隣のディーサの正面にはマリーが座っていた。
「スティナ、怪我大丈夫?」
シーラが少し首をかしげて尋ねてきた。スティナは「なんで怪我してると思うの」と反論した。が。
「包帯、見えてるわよ」
そう言ってシーラはくすくすと笑った。スティナはバツ悪げに手首の包帯が見えていた右の裾を引っ張った。
何だろう。普通に接してくる彼女たちが不気味だ。どうしたんだろう。いや、ディーサは前からこんな感じだったか……。特にシーラには完全に避けられていたのに。
「マリーがね。好きな人ができたんだって」
「スティナも聞いてくれる!?」
ディーサに話をふられると、マリーは嬉しそうに身を乗り出した。彼女はスティナのとげとげしい雰囲気を怖がっていたはずなのだが、何故こんなに嬉しそうに語りかけてくるのだろう。マリーが好きになった相手のことをさんざんと聞かされながら思った。聞いてくれるのならだれでもいいのだろうか。愛とは偉大である。
「……で、結局のところ誰が好きなの」
話を聞いていなかっただけなのだが、尋ねると、マリーは頬を染めてはにかんだ。シーラは呆れた様子で「聞いてなかったのね」と言っているが。
「国文学専攻のラルフ・ノルデン……!」
きゃっとばかりにマリーは言った。スティナとしては、ああ、そう。という感じであるが。
「でさ。告白とかしないの? あ、スティナ。あたしもほしい」
ディーサがマリーをそそのかしつつ、スティナがクッキーを取り出したのを見て言った。スティナは棚から皿をだし、そこにクッキーを開けた。すると、彼女らは勝手につまんでいく。
「だって……ふられたら嫌だもの」
「ええ~。マリー可愛いし、行けるって」
シーラもマリーを説得しにかかる。ちなみに、スティナは何が楽しいのかわからず完全に聞き役だ。なんだかんだ言いつつ、最後まで付き合ってくれるので、スティナは結構愚痴を聞く要因として駆り出されることがある。
「でも、私は思っているだけで……恋人になれたらいいなぁとは思うけど、振られるくらいなら、とも思うの」
「そう? まあ、マリーが決めることだし、無理強いはしないけど。ねえ」
と、買ってきたカフェラテを飲んでいたスティナに話がふられる。スティナはディーサを見つめ返し「何故私に振る」と言葉を返した。
「だってスティナずっと無言だし。っていうか聞きそびれてたけど、その髪どうしたの? 失恋?」
バッサリ切られた髪のことである。背中の中ほどまであった髪は、肩口で切りそろえられている。スティナはずり落ちてきた眼鏡を押し上げた。
「諸事情により、切らざるを得なくなって、切った」
「あ、失恋したわけじゃないんだ」
シーラもそう言った。いや、世の中に失恋をして髪を切る女性がいることは知っているが、何故スティナがそうだと思うのだ。スティナななら、思い出に一発殴る。
「でも可愛い……スティナ、雰囲気は怖いけど、顔は可愛いわよね」
さりげなくひどいセリフを言ったのはマリーであるが、スティナは「よく言われる」と気にしないで応えた。本当に、よく言われるので。
「私も、スティナくらい可愛ければよかったんだけど……」
「いや、マリーの方が可愛いだろ」
「……まさかスティナからそんなことを言われるなんて」
マリーが衝撃を受けたように目を見開いた。シーラとディーサも驚愕の表情を浮かべている。スティナは不機嫌そうに顔をゆがめて舌打ちした。
「……でも、うん。スティナは中身がとても残念だものね。やっぱりマリーの方が可愛いから大丈夫よ、マリー」
シーラが言った。なんと言うか、この機会に聞いてしまおうか。
「あんたら、なんか私に遠慮がなくなってないか?」
すると、三人にキョトンとされた。
「いや、だって、スティナって結構優しいわよね。何言っても怒らないし」
「それ以前に友達でしょ。友達に遠慮はしないわよ」
「そうそう。それに、面倒見もいいよね。何気に」
シーラ、ディーサ、マリーがそれぞれ言った。シーラとマリーは良く見ている、と思った。しかし、ディーサの言葉が気になった。
「……ともだち」
「なんで片言なのよ」
シーラにツッコまれた。そうか。私たちは友達だったのか。妹に『友達いなさそう』と言われたスティナであるが、自分が気づいていなかっただけで、ちゃんと友達として認識してくれる相手はいたようである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
しばらくスティナの大学生活です。




