ドキドキわくわく里帰り【6】
スティナの里帰り編最後です。
機動隊が突入してきたので、スティナは邪魔にならないように場所を空ける。ただ、立てこもり犯の一人が客の一人を再び人質にしようとしたため、近くにいたスティナは彼を蹴倒した。
「スティナ、大丈夫か?」
ヘルゲがスティナに駆け寄ってきた。スティナは「これが大丈夫に見えるか」と吐き捨てる。
「いってぇ」
痛い。だが、押さえることもできず、本当に痛い。空気に触れるのも痛い。
「姉さん大丈夫!?」
さらに駆け寄ってきたのはロビンである。カイサが「あら可愛い」とつぶやいた。スティナは「弟だ」と答えておく。
「かなり腕がグロテスクだけど」
「わかってるよ。つーか、お前も怪我してるだろ。治療してもらえ」
機動隊が犯人を拘束したので、他の警察や治療班も入ってきている。人質だった者たちの健康状態を見るのだ。
「いや、そうだけど、姉さんが一番重傷者だよ。母さんとかマーユとかが怖がって近づいてこれないよ」
ここで近づいてくるロビンは、結構いい度胸である。さすがは医者志望なだけある。
「うるせぇよ。私だって痛ぇ」
いや、本当に痛いのだ。だが、これは魔法治療でなければなかなか治らない。ヘルゲたちが魔法医を要請してくれた……はず。
「すみません、お嬢さん。腕を診せていただいてもいいですか」
医師に声をかけられ、スティナは一瞬返答に詰まった。
「……いや。先にほかの人を……」
「あなたが一番重症なんですが。そのままだと感染症になる可能性が高くなります」
いや、この時代に怪我がもとで感染症になる、と言う事例はあまりないが、スティナの場合は右腕の皮膚がほぼ溶けている状態。むしろ、意識がある方が不思議なほどの苦痛であるはずだ。
スティナたち討伐師は、『耐える』ということに慣れている。苦痛にも、化け物を見るような視線にも。
普通のガーゼでは皮膚がない腕がすれて痛いので、特殊な合成湿布のようなものを巻かれた。応急処置だから、必ず診察を受けろ、と言われたが、スティナは聞き流していた。今回はさすがに痕が残るだろうか。いや、怪我の痕が残っていることなど、今更な話であるが。薄いとはいえ、彼女は全身に怪我の痕が残っている。
「すみません、お嬢さん。けがの手当てがすみましたら、事情をお伺いしたいんですけど」
警官に声をかけられた。バリケードを突破していったのだから、当然の処遇である。まあ良くて、公務執行妨害だろうか。悪ければ殺人罪だけど、さすがにこれはないだろう。たぶん。ないといいな。
スティナはヘルゲとカイサに目くばせする。怪我をした右腕をかばいつつ、スティナは事情聴収を受けることとなった。
機動隊を強行突破していった理由。ヴァルプルギスを倒した方法……ここに話が及び、ヴァルプルギスに関しては特別監査室の領分だと言って突っぱねた。
警察署への任意同行を求められたので、おとなしくついて行くことにする。一応、休暇中の出来事であるし、家族も警察署で事情聴収を受けることになったためだ。それに、荷物も返してもらわなければ。あの中には身分証が入っている。あれがなければ、スティナが討伐師であると証明できない。
そんなわけで、スティナはそのまま警察署で事情聴収を受けた。すでに夜だったので、巻き込まれただけの家族はすぐに解放されたが、スティナの事情聴収は明け方までかかり、さらに反省文も書かされた。以後、危険な場所に制止を振り切って突入したりしません、と。いや、でも、たぶん守れない。
解放された明け方、と言っても、正確にはまだまだ日は登らない。未明、の方が正しいのかもしれない。時間帯で言うと、午前五時ごろだ。あと四時間近くは日が昇らないだろう。
「オークランスさん」
警察署から出ようとしたところで、スティナは呼び止められた。彼女はこのまま監査室フリュデン支部に行く予定なので、ヘルゲが迎えに来てくれているのだ。非常に眠いが、まだ報告書を書くという任務がある。結局、腕の怪我は診察していない。
呼び止めたのは、機動隊員だった。スティナが襟首をつかんで脅しをかけた隊員である。文句でも言われるのかと思ったが、何故か彼はにこにこと笑っていた。
「少しいいですか」
「構いませんが」
迎えは来ているが、少しなら大丈夫だろうと判断し、スティナはうなずく。機動隊員はニコリと笑った。こうしてみると、結構若い。
「犯人逮捕のご協力、ありがとうございました」
一人で突っ走って行ったのは事実だが、そこにはヴァルプルギスもいて、結果的に立てこもり犯の逮捕につながったのは事実である。なので、反省文を書かせた警官たちにも礼は言われた。
「いえ……つかみかかって、すみませんでした」
「あ、お構いなく。昔はあんなふうに良く揺さぶられたものです」
「……」
この男、何者だ。スティナは機動隊の男をいぶかしげに見上げた。彼女の視線に気づいたのだろう。彼は微苦笑を浮かべた。
「覚えていないでしょうが、昔、自分はあなたと暮らしていたことがあるんですよ」
そう言われてびっくりした。スティナは人生のほとんどを首都、主にアカデミーで過ごしている。そのため、一緒に暮らしていた、と言われてまず思い浮かべるのがそこだ。つまり。
「元、討伐師候補?」
「その通りです。まあ、力が弱く、討伐師にはなれませんでしたが」
一応、十二歳まで討伐師としての訓練を受けていたらしい。だが、同にもヴァルプルギスと戦えるほどの力がなく、実家のある北部に戻ってきて警察官になり、機動隊に配属されたらしい。
アカデミーでは討伐師になれる可能性がある子供を集めている。これが先の立てこもり事件の原因なのだが、そこに触れると話がそれるので省く。
まあ、そんなわけで、多少なりともエクエスの力があれば、その子は訓練を受ける。彼も、その手の人間なのだろう。どれだけ成績が優秀でも、討伐師になれないこともある。リーヌスの知覚能力や、ヴィルギーニアの干渉能力のような後方支援的な力があるなら、そのまま討伐師の後方支援として居続けることになることもあるが、どうやら彼は、スティナと同じような攻撃系の力を持っていたようだ。
「あなたは小さかったし、覚えていなくても無理はありません。あ、ちなみに自分、リーヌス・ハンメルトと同い年なんですよ。自分の方が先にアカデミーに入りましたが」
「……」
マジか。
「あなたが中に入れろと言ったとき、自分は止めなければなりませんでした」
本当はあなたが討伐師であるとわかっていたんですけどね、と彼。何でも、彼女が小さいときに見た姿、さらに彼女がミカルと似ているところから連想して、彼女がスティナであると判断したらしい。どういうことだ。当時から、スティナはミカルと似ていたということだ。
「でも、迷いなく中に入って行ったあなたを見て、なんというか、その、感動したんです」
何を言いたいのかわからなくて、スティナは首をかしげた。彼は悲しげに微笑んだ。
「子供のころから戦い方を叩き込まれる討伐師は、確かに少年兵と同義なのかもしれません。ですが、あなたたちがそうして戦ってくれるから、自分たちにはできないことを、恐怖と戦いながらしてくれるから、今、自分たちはここにいることができるのだと強く思いました」
「……そう」
以前、同じフリュデンの地で、イデオンに問われたことがあった。スティナは、全ての人に好かれたいのかと。スティナは否と答えた。
好かれたいわけではない。感謝されたいわけではない。討伐師は英雄ではないし、お前たちを私たちが守っているのだと偉ぶるつもりもない。
ただ、ここに確かな存在感を持って自分たちを認めてくれる人が居る。それがとてもうれしいと感じた。
△
いろいろあったが、スティナとロビンは事件の翌日には首都に変えることになった。人質にされ銃を向けられヴァルプルギスと遭遇し、ショックを受けているだろうと思ったのだが、ロビンは思ったより心が強かった。スティナが知る中でおそらく最も強いメンタルを持つイデオンですら、初めてヴァルプルギスに遭遇したときに悲鳴を上げていたのに。
マーユは家で留守番だ。リナも一緒。見送りには、エドガーだけが来た。絶対、ロビンの性格は父親似。
「もう少しゆっくりして行ってもよかったんだぞ。あんなことがあったばかりなんだから」
「んー、まあそうなんだけど、講義があるし」
と、これはまじめなロビンのセリフである。スティナはここに居続けると、フリュデン支部の騒ぎに巻き込まれる気がしたのでとっとと退散することにしたのだ。ちなみに、支部にはちゃんと寄ってきて、報告書を書いてきた。おかげで、彼女は今日寝不足である。
父に見送られエクスプレスに乗り込んだスティナとロビンである。息もそうだったが、二人は並んで座っていた。動き出した車内から父に向かって手を振り、見えなくなると、スティナは言った。
「着いたら起こしてくれ。寝る」
そう言って、本当に寝た。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次からは『ヴァルプルギスの宴』事件後の話になります。基本、日常の話です。たぶん。




