楽しい大学生活【2】
そのまま、スティナはシーラたち三人と帰宅することにした。本当は夜にバーでも行こう、と誘われたのだが、肋骨が完治していないスティナは飲酒を禁じられている状況だ。それではバーに行っても楽しめない、ということで延期になった。
「っていうか、なんで肋骨が折れるのよ」
「いや、高いところから落ちて。実は二の腕と足首も折れたんだが」
そちらは生活に支障が出るので先に治してもらったのだ。ちなみに、高いところから落ちたのは事実である。空中戦の最中に落下したから。
質問したシーラは「ふうん……」と眉をひそめつつもそれ以上は聞いてこなかった。
女子特有の中身のない会話をする他三人の話を聞きながらスティナは無言で歩いていた。だから、それに気づいたのがスティナが一番初めであるのは何ら不思議でもない。
門に差しかかるあたりで、明らかに不審な車を見つけた。いや、シルバーのワゴンは一般的な車であるが、その車体に書かれた文字……有名な出版社の名前だ。時期が時期だけに嫌な予感がした。
幸いと言うか、シーラたちは気にせずにそのまま通り過ぎようとしたので、スティナもそれに乗じて気づかないふりで通り過ぎた。通り過ぎようと、した。
「あ、ねえ彼女」
下手なナンパみたいな声をかけられた。もちろん、四人ともスルーした。だが、声をかけてきた記者らしき男は追いかけてきてスティナの肩をつかんだ。
「ねえ君だよ。き、み! お、噂より美人! いい記事が書けそうだ」
その記者はそこそこ顔立ちの整った男だった。背丈はあまりないが、スティナも大きい方ではないので見上げなければならない。優男風の細身の男で、さぞかし女性にモテるだろうと思われた。
きっと、この顔で取材対象をたぶらかしているのだろう。スティナのその予想は当たっているだろうし、彼女が彼を見る目がきつくなるのは仕方のない話だった。
「そんなに睨まないでよ。あ、俺、出版社の人間なんだけど、話聞かせてくれない? 首都でのヴァルプルギス大量発生の真相ってなんなの? ヴァルプルギスと戦うってどんな気持ち? 討伐師って体のいい人殺しじゃない?」
「……」
失礼な記者を見上げ、スティナは肩をつかんでいる手を振りほどいた。さっさと歩き出す。
「あ、ねえ。帰りにクレープ食べて行こうよ」
「いいわねっ。行きましょ」
何事もなかった、と言い張るかのようにシーラが話を振った。そして、それに乗るマリー。気を使ってくれたのだろう。ありがたい話だ。
「時間あるでしょ。付き合いなさい」
「ああ……」
ディーサがスティナと肩を組んだ。背の高い彼女に体重を乗せられてもよろけない程度には鍛えているスティナであるが、さすがに歩くのが大変なので少し離れてほしかった。
「あー、ちょっとちょっと。君たち、彼女の友人? 人外の化け物を一刀両断するような子と一緒にいて怖くないの? 世間では人殺しって騒がれてるのに」
法が許すなら、スティナはこの記者の男をぶん殴っていただろう。あとでイデオンに法の抜け道を聞いておこうとわりと本気で思った。さすがのスティナも、一刀両断はしない。(ツッコむところはそこではない)
ディーサはスティナの肩を組んだまま無視したが、シーラとマリーはきっと記者を睨み付けた。ちなみに、かわいらしいマリーであるが、背丈はスティナと同じくらいはある。彼女もハイヒールを履いているので、スティナより長身に見えた。でも可愛い。
「何なんですかあなた。人権侵害ですよ」
シーラはそう言ったが、いや、これは人権侵害なのだろうか、と思わず冷静につっこんでしまうスティナである。
「そうですよっ。彼女に失礼じゃないですかっ。確かに変わってるけど、優しくていい子なのにっ」
マリーの発言も結構ひどいと思うのはスティナだけだろうか。
「……君たち、だまされてない?」
「本気で失礼なんだけど!」
記者の言葉に、シーラが吐き捨てるように言った。マリーもむっとしたように言葉を続ける。
「大学にまで乗り込んできて、女子大生に対して『人殺し』発言ですか。名誉棄損で裁判所に訴えられても仕方がないくらいの発言ですよ」
ああ、確かに。世間的にはスティナはまだ女子大生であり、内実はともかく、外から見ればただの年若い女性なのである。そんな相手に『人殺し』というのは暴言にもほどがある。
だが、記者はにやりと笑う。
「わかってないねぇ、お嬢さん。討伐師は注目を浴びるのはご法度だから、裁判沙汰になんかしたくないはずだ」
ねえ、とスティナに目を向けられたが、彼女は彼を睥睨しつつも無表情だった。
「一般的な話をしているのよ!」
「あなたはそうとられても仕方がない言動をとっている、ということ!」
シーラとマリーがきっぱり言った。この二人、結構気が強い。というか、シーラはこんな子だっただろうか。スティナと関わったせいでこうなったのだとしたら、申し訳ない。
「いや、あの二人は元から結構はっきりものを言うから」
ディーサにツッコまれ、スティナは彼女を見上げた。
「……口に出てた?」
「ううん。そんなような表情だったから」
スティナは基本的に無表情だが、慣れてくると結構表情が読めるらしい。ミカルやリーヌス、それに亡きエイラも的確に彼女の心情をくみ取っていた。最近では、イデオンが結構鋭い。
結構ギャラリーも集まってきている。ディーサがスティナの肩を押して学生たちの中に隠れて離れようと提案した。シーラとマリーが心配であるが、記者の狙いはスティナなので、彼女が離れれば大丈夫だろうと思った。
だが、スティナの髪色は何分目立つ。隣には長身のディーサもいるし、記者がその場を離れようとした二人に目ざとく気がついた。
「あ、ちょっと! 逃げる気か!」
そう言って記者がマリーを押しのけた。一般女性の体格をしているマリーがよろけた。足首が変な方向に曲がり、受け身を取り損ねたマリーは地面にべしゃっとつぶれた。
「マリー!?」
シーラが悲鳴を上げてマリーに駆け寄った。身を起こした彼女は涙目で「足ひねった~」と言っている。こちらは大丈夫そう。
動揺しているのは記者の方だ。普通、男の力で女性を押しのければ、悪ければこける。マリーはハイヒールを履いていたので、安定が悪かったのもあるだろう。
スティナは結果的にマリーを突き飛ばしてしまった記者の腕をひねりあげた。
「いっ!?」
肩を壊さないように気を付けながらも、手首をぎりぎりと締め上げる。スティナはあまり力は強くない方だが、どこを締め上げればいいかがわかっている。
「私の話を聞きだすのはあきらめて、警察で話を聞かせてやってくれ」
「こ、こんなことをすれば君も一緒に警察行きだぞっ」
「いや、私は婦女暴行犯を拘束しているだけだ」
しれっとスティナが言うと、周囲から「その通りだ!」「いいぞ!」という声が上がってきた。何故か「かっこいいわよ!」という女子学生の声も聞こえた。
気の利くディーサは警察に電話してくれていた。駆けつけてきた警官は、スティナを見て「またあんたですか」と呆れた声を出した。
「あんたねぇ。そろそろいい加減にしません? あんたが中高生時代、何回補導したと思ってるんですか。しかもいつもいつも誰かかばって事件に巻き込まれてるし」
三十歳前後に見えるその警官はぶつぶつ言いながら記者の拘束をスティナと交代してくれた。はなれながら彼女は言う。
「今回は私が原因だが」
「何したんですか。女性に手を出そうとしてぶん殴りでもしましたか」
「やっていいなら今からでも」
「やめてください」
警官がため息をついて「行きますよ」と男を連行して行く。記者の男はあきらめた様子でそれに従った。
「ちょっとそこで待っててくださいよ! 事情聴収するんですから!」
警官に訴えられ、スティナは「わかっている」とうなずきつつマリーの側に膝をついた。
「大丈夫か」
「うん。……ちょっと痛いけど」
ちょっと、と言ったが結構痛いのだろう。マリーが顔をしかめていた。だが、頭を打ったのでなくてよかった。ただ、足首はだいぶ腫れてきているが……。
「ところで、その男は誰だ」
シーラと共にマリーの体を支えて心配そうにしている細身の青年のことだ。インテリ風の眼鏡が良く似合っている。マリーが「えっと」と言いよどんだ。
「国文学専攻のラルフ」
ああ、マリーの好きな相手か。そう思うくらいには、スティナも記憶力が良かった。見る限り、かなり脈ありのような気もするが、スティナの恋愛関係に関する勘はあてにならないので言わなかった。
「……まあ、無事で何よりだ。巻き込んですまない」
「いいのいいの」
マリーがにこっと笑って言った。スティナは眉をぴくっとさせて立ち上がろうとした。その時。
ビキッ、と嫌な音がした。胸のあたりに激痛が走り、スティナはその場所を押さえて地面に手をついた。唇から低いうなり声が漏れる。
「どうしたの!?」
マリーが驚いて突然うなだれたスティナに尋ねた。スティナは必死に息をしながら答えた。
「肋骨、折れた……」
完全にくっついてはいなかった肋骨が、身じろぎしたときに折れてしまっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナ は肋骨が弱い。




