第37話
重厚な扉が、静かに閉ざされる。
アストリア王宮の政務殿、第一会議室。
この日、その扉の奥で語られた言葉は、第一王子妃セレナの運命を決定づけた。
「王家は──終わったのです」
静かながらも重苦しい声でそう告げたのは、王国宰相・ガルド。
傍らには、セレナの父であるエルメイア公爵。そしてその隣には、王宮の最高法務官まで立ち会っていた。
セレナは、白百合のように凛と立ちながらも、僅かに拳を震わせていた。
「……どういう意味か、説明していただけますか?」
冷えた声。けれど、内心の動揺を隠すには足りなかった。
「神祈りの儀式が失敗したことは、すでにご存じかと存じます。そこで“王家の核“が失われたかもしれない、となったことも。あれから綿密に調査した結果、王家に継承されるべき“神の核”が失われていることが明らかとなりました。」
「……嘘、でしょう。まさか、本当に……」
「残念ながら、事実です。
そして、王家に核がない以上、王位の正統性も、君臨する資格も──存在しない」
セレナは、椅子の肘掛けを握りしめた。
「……それで、父上。わたくしにどうしろと?」
エルメイア公爵は、重たく口を開く。
「レオノール王子はすでに、王宮北塔に幽閉された。
王もまた、政から退くことに同意し、事実上の隠居状態だ」
「……じゃあ、王家は」
「終焉を迎えた」
宰相が明言する。
「そして、貴女──セレナ様も、王族の一員ではいられなくなる」
沈黙。
セレナの喉が、無意識にごくりと鳴った。
「離縁ですか……」
「正式な婚姻解消の手続きが進行中です」
それは、王族に嫁いだ令嬢として、最も屈辱的な通告だった。
「……これが、王家の末路だと?」
セレナの瞳に、今までにない色が宿る。
冷たく、凍りつくような──そして、悔しさに濡れた光。
「そして、その後の処遇ですが……」
宰相が、次の書状を机に置く。
「隣国・ヴァルシュテイン王国が、“新たな同盟の象徴”として、
貴女を側妃として迎えたいとの打診が来ています。これは、王国として外交上非常に有利な……」
「──わたくしを、“道具”にするおつもりですか?」
セレナの声が、鋭く割って入る。
「王子妃としての責任を果たしてきたわたくしを、
あろうことか五十歳の隣国王の“十人目の側妃”に落とすと?」
誰も返事をできなかった。
「私はただの華ではありません。王家の“妻”だったのです」
「その“王家”は、もう存在しないのです」
宰相が静かに告げる。
セレナは、息を飲む。
胸の奥に、焼けるような怒りが広がっていく。
(──アリアナ・リース……あなたが、すべてを壊した)
彼女の名が、まるで毒のように胸を満たす。
けれどその一方で、確かに“自分が選ばれなかった”という現実もまた、胸を突いた。
(あの男が本気になったのは、私ではなく……あの田舎娘)
──誇りは、砕かれた。
──名誉は、地に堕ちた。
セレナの美しき人生は、ここで幕を下ろした。
これより先は、他国の王宮で、十人の妃のひとりとして静かに生きるのみ。
──“もう、王子妃ではない”。
その言葉が、心を鋭く切り裂いていた。




