第36話
──静かに、それでいて確実に。
アストリア王国の“頂点”が、揺らぎ始めていた。
場所は、リース男爵家の王都屋敷。
かつては公爵家だったその格式ある広間に、今宵、異例の顔ぶれが集っていた。
「……すでに、神祈りの儀式は失敗に終わった。王家に宿るはずの“核”は、存在しない。これは、神殿からの公式な回答です」
冷静に、けれど抑えた激情を滲ませながらそう口を開いたのは、リース男爵・エリアス。
集まったのは、代々王家を支えてきた四大貴族のうち二家の当主、王都の主要商会を束ねるギルド代表、王立騎士団の副将、さらに王宮魔術師団の副団長という錚々たる面々だった。
「……“王家の核”の喪失は、王家の正統性の崩壊を意味します」
エリアスが、重たく言葉を継ぐ。
「我らが王家に仕えてきたのは、神の加護があったからこそ。
それが失われた今――このままでは、国そのものが崩壊しかねません」
「……では、戦を?」
そう問うたのは、商家代表のひとり、メルベイル商会当主。
「まさか、城を攻め落とすと?」
「いいえ」
エリアスは首を振る。
「血を流す必要はありません。これは、“政権交代”です。
王家には、静かに退場していただく。それが、この国を守る唯一の道です」
室内に、重苦しい沈黙が流れた。
だが、それは拒絶ではなかった。
やがて、誰かが口を開く。
「……その先にある王は? 誰が新たな王座に座るのです?」
「いずれ、我が娘が産んだ子が“新たな王の器”となるだろう。
それまでの暫定統治は、我が息子カイルが担う――神蛇の力を継ぐ、真の王族として」
エリアスの言葉に、ざわりと空気が震える。
“神蛇”――それは、かつて王家を導き、そして滅ぼしたと言われている異端の神。
その巫女の末裔が、今また王位を取り戻そうとしているのだ。
「……我らはこの動きに賛同する。王家が神に見放された今、残るのは“真実の力”だけだ」
貴族が、商家が、静かに頷いていく。
こうして、この夜。
王都の闇の中で、“新しい王国”の骨組みが形作られた。
ーーー
翌日。王宮の宰相に、ひとつの“密書”が届けられた。
その中身は、短く、冷徹だった。
『王家は神に見放された。
国の未来のため、直ちに政権を譲渡されたい。
拒めば、民意と力によって排除する。』
王宮では、震える王と沈黙するレオノール王子。
そして、第一王子妃のセレナは、ただ不安げに静かに王子を見つめていた。
「……レオノールの身から“王家の核”は本当になくなってしまったのか?王家の長男に代々引き継がれてきたのに……そんなこと……本当にあってはいけないっ」
王の震える声は、誰にも届かない。
王家の時代は、終わりを告げようとしていた。




