第35話
うっすらと朝焼けが石畳を照らす中、昨日民が託した嘆願書は、今まさに王城へ届けられようとしていた。
木箱に丁寧に収められた束。それは、無数の思いが詰まった“希望の箱”。
箱を抱える若者の腕は、少し震えていた。それでも――彼の目は真っ直ぐ前を見据えていた。
「税が高すぎる」「食べ物が買えない」「病に倒れても薬すら届かない」――
広場に集まった声が、昨日とは違い確かな“熱”を帯びていた。
「私たちの声は、もう誰にも奪わせない!」
「王家が見ぬふりをするなら、私たちが立ち上がるだけよ!」
農夫が、職人が、商人が、母親が――
王族の気まぐれで搾取されてきた民が、ついにひとつになり始めた。
少女が笑った。「……こんなに、人が集まってるの、初めて見た」
少年が拳を握る。「これが、“始まり”なんだよ」
その声は、王都の石壁にも、封じられた王宮にも届いていく。
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その頃、旧リース邸では秘密会議が開かれていた。
招かれた貴族や地方領主たちは皆、真剣な面持ちでアリアナとカイルの前に座していた。
アリアナは静かに立ち、口を開く。
「――王家の力は、もはや幻想です。
でも、国を支える力は、今、皆さんの中にあります。
民は目覚めました。次は、貴族たちの番です」
カイルが地図と政策案を掲げる。
「税制改革、医療再編、地域代表制――
“王家が支配する”時代から、“皆で支える”時代へ。これは空想ではなく、実行可能な構想です」
一瞬の沈黙の後、老伯爵が静かに立つ。
「……ならば、我が家も動こう。リース家の名の下に、民の盾となろう」
他の貴族たちも、次々と立ち上がる。
その場に広がるのは、熱でも激情でもなく、“責任ある覚悟”だった。
会議が終わった後。アリアナは屋敷の庭に佇み、左腕を撫でた。
包帯越しに感じる神蛇の脈動。だが、それはもう“呪い”ではなかった。
「……これは、民の未来をつなぐ力」
目を閉じた彼女の背に、朝陽が差し込む。
金の光が彼女の瞳に宿り、静かに輝きを放つ。
王都では、今まさに“民”という巨大な存在が目を覚まし始めていた。
それは暴動ではなく、叛乱でもない。
“未来を望む声”として、確かな足音で広がっていた。
アリアナはカイルに言った。
「私たちは神蛇の血筋。でも、私がこの力を使う理由はひとつ――この国を、守りたいから」
カイルは頷く。
「ならば、姉さん。僕は王になろう。民のための王として。姉さんの子が成長するまで。姉さんと一緒に、この国を変えたい。」
その誓いが交わされたとき、王都の空が再び金色に染まり始めていた。




