第21話
朝の空気はひどく冷たくて、胸の奥がすうっと冷えるようだった。
領主館の窓辺に立って、私は遠くに霞む王都の塔を見つめる。
左腕を包む包帯の奥で、時折、ひくひくと脈打つ感覚がある。
それはもう“呪い”なんかじゃなくて、
私のなかで静かに目を覚ました“力”——神蛇の契印。
(……ねえ、私、どうすればいいの?)
心の奥で問いかけると、すぐに返ってきたのは
“あの声”だった。
——「おまえは、まだ決めきれていないのだな」
まるで私の内側を見透かすような、低くて静かな声。
(うん、そう……まだ迷ってる)
王子のこと、王家のこと。
私を利用した父のこと、スパイとしての“役割”。
何もかもがごちゃまぜになって、胸の中がうまく整理できない。
けれど、あの人が苦しんでいたこと。
あの人の腕から呪いを引き取ったのは、誰でもない、この私だった。
それが“愛”だったのか、“任務”だったのか——
もう、わからない。
でも一つだけ、確かなことがある。
私は、何も知らなかった。
この国がどうなっているのか、民がどう生きているのか。
王族が守るべきものが、いま本当にあるのか。
(……見なきゃ、だめだ)
その瞬間、扉がノックされ、父が現れた。
「迷っているようだな、アリアナ。
……ならば、王都を見てくるといい。おまえ自身の目で」
私は目を見開いた。
父の声は冷静で、でもどこか、それを望んでいたようにも聞こえた。
(……見届けなきゃ)
王家を倒すかどうかなんて、そんな大きな決断、
誰かの言葉で下せるわけがない。
私自身の目で、耳で、心で——見なきゃいけない。
だから私は、そっと頷いた。
「行ってきます。お父様」
⸻
馬車に乗り込んだ私は、黒いフードを深くかぶる。
過去の私でもなく、誰かの操り人形でもない、
“今の私”として、ちゃんと答えを出すために。
包帯の下で、左腕の蛇が静かに巻きついた。
まるで、「それでいい」と囁くように。
馬車が動き出す。
私は振り返らない。この旅が、私の中の何かを決定づけるから。
(……さあ、行こう)
すべてを知るために。




