第20話
ある日の夕刻、リース男爵家に密書が届いた。
――王都より緊急の要請。
第一王子レオノール殿下、再び呪いの発作を起こし、
魔術師・聖職者を総動員しても症状が止まらず。
原因は、契印の残滓。
唯一の救済手段は、“契約者”である貴女のみ。ーー
アリアナは冷ややかな視線でそれを読み終える。
「……また、あの人が、わたしを呼んでいるわね?」
左腕の蛇が、かすかに巻きついてくる気がした。
王宮の医療塔の豪奢な寝室で、王子レオノールはうめき声を漏らしていた。
その左腕──黒炭のように変質した蛇の腕が、再び呪いを震わせている。
「アリアナを……呼べ……アリアナ、しか……」
婚約者セレナが必死に何か話しかけるが、王子の耳には届かない。。
王宮謁見の間で、廷臣たちの視線が集まる中、アリアナは静かに立つ。
黒のドレスと白い手袋。表情に揺らぎはない。
私は気配を消さず、王をじっと見据えた。
王が重く頭を下げる。
「そなたに頼む。あの子を――どうか、もう一度、救ってはくれぬか。なんでも褒美を与えよう。地位でも、金でも、宝石でも、領地でも。」
アリアナはゆっくりと瞼を上げる。
その視線は鋭く、相手の腹を正面から射抜くようだった。
「……また、嘘ですよね?
前回は“婚約”という名目で私を呼び出し、
結局何もくれず、王子の呪いをわたしに押しつけただけでした」
王の顔が強張る。
「ぐぬぬ、……その、い、いや……」
アリアナは言葉を続ける。
「どうせまた“貴族の義務”とか、“民のため”とか綺麗ごとを並べて、
私に何も与えず、ただ王子を救わせて喜ぶ魂胆なんでしょう?」
王は言葉を詰まらせ、誰にも聞こえないように喉を鳴らす。
「しかも前回のことを謝りもしないんですね。
わたしを利用し、使い捨てた。その責任は一切取らず。
王家の傲慢と尊大さには、もううんざりです」
凍りつくような静寂が部屋を包んだ。
寝台からかすかに声が響く。
「……アリアナ……助けて……頼む、俺を……!」
王子の言葉に、一瞬だけアリアナが動く。
だが、左腕の蛇がぴくりと震え、彼女は冷たく視線をそらす。
アリアナは完璧な手つきで手袋を外し、蛇の腕を露わにする。
その蛇の眼が廓を見据えるように、室内を統べる。
「二度と、わたしにすがらないでください。
あなたが捨てたのは、わたしの身体じゃなく、魂だったんです」
その声は氷のように冷たく、とぎれた小鳥の怨歌のようだった。
そのまま振り返り、アリアナは静かに歩き出す。
「私の愛は、もう終わりました――」
その背中に、宮殿中が息を呑んだ。
⸻
もちろんこの呪いの再発は偶然ではなかった。
王家の反応を探るため、わざと“再発”させられた演出だったのだ。
王子が“契約者であるアリアナ”を求めずにはいられない状況をつくり、
アリアナを再度呼ぶことで、王家の真偽と弱点をはかる――
それもまた、リース家の計画の一部として完璧に組まれていた。
アリアナの蛇の腕が、ひと撫で蛇行する。
そして、彼女の心には、新たな決意が宿る。
――私は“神の巫女”として、もう誰にも支配されない。




