9.三人目の来訪者 ※ガレス視点
鈴が鳴った。
どういう仕組みかは謎だが、この辺りに異世界からの来訪者が来るとこの鈴が鳴る。
俺は団長室から外に出て、騎士達に指示を出す。
「東の斜面だ!三人、俺と来い!」
異世界からの来訪者の保護は時間が勝負だ。
来訪者が移動してしまうと捜索は困難になるし、負傷することもあるからだ。
正直、まだ魔獣の討伐の方が気が楽だった。
ランプで照らしながら山へ入る。
遠くから犬の鳴き声が聞こえた。
「2時の方角!犬がいるようだ」
先陣を切ったハンスが大声を出す。
「いました!犬も一緒です」
俺が駆けつけると、茶色の犬と一人の女性がそこにいた。
見たところ負傷はしていない。
声をかけると、思ったよりもしっかりした受け答えをしてくる。
まだ事態を把握できていないようだが、まずは犬とこの女性を安全に保護しなくてはならない。
幸い、女性は騒がずに砦へとついてきてくれた。
今までの来訪者は砦に連れてくるまでにもかなり苦労したからだ。
医務官のヨハン先生のところへ連れて行き、診察を受けさせる。
問題ないということで、食堂で説明をすることにしたが、内心は気が重かった。
俺は今までに二人ほど来訪者を保護したことがある。
異世界に来てしまったことがわかると、どちらもひどく取り乱し、落ち着くまでにかなり時間がかかった。
王都への報告書の聞き取りがままならなかったこともある。
二人ともすぐに王都への移動を希望し、どんな人間だったのかもわからないまま管理官に連れられて行った。
今度の女性はどうだろうか?
前の二人よりは年上に見える。
そのせいか、少し落ち着いているようにも見えた。
ヨハン先生の診察で犬のことも診てもらえた時は、とても安心した顔になっていた。
この犬のことをとても大事にしているらしい。
まるで母子のようだった。
その後、食堂で聞き取り調査と一通りの説明をする。
彼女はメイ・ヤマシタと名乗った。
犬の名前はゴロー。
呆然とはしているものの、受け答えはしっかりしている。
保護施設の話をした時に『ゴローと離れたくない』と迷いなく言い切った。
だが、犬の食事を思い出すと慌て出す。
厨房の使用許可を出すと、いそいそと歩いていった。
変わった人だと思った。
先ほど記録した書類を読み返す。
年齢は四十五歳。
三十代くらいに見えたが、俺と同い年だった。
成人済みの子供が二人。
夫とは離婚した、という話の時だけは少し言葉が途切れた。
何か事情があるのかもしれない。
職業は事務。
こちらでいうところの書記官のようなことをしていたらしい。
読み書きができるようになれば、仕事を得るのは容易いかもしれない。
そこまで読んで、俺は厨房からいい匂いがしてくるのに気づき、書類から目を上げた。
メイとハンスが皿を運んでくる。
ハンスはなんだかはしゃいでいる。
「団長!このテンプラって料理、メイさんが作ってくれました!」
「テンプラ?」
「今日取ったタラの芽とコゴミに衣をつけて揚げました。
よかったら食べてください。
ゴローにはお肉と野菜をいただきました。
ありがとうございます」
ぺこりとメイが頭を下げる。
皿には鮮やかな緑の草を揚げたものがのっていた。
「味見したんですが、すごくうまいです!」
ハンスが興奮気味に言う。
この砦で揚げ物なんてまず出ない。
ハンスは相当うれしかったのだろう。
しかし、まさか今日保護した来訪者に料理を振る舞われるとは、思いもしなかった。
俺も揚げ物は嫌いではないので、メイに礼を言って一つ食べてみる。
サクッとした食感に春の匂いが口に広がる。
思わずうなる。
「うまいな、これは」
「酒が欲しくなりますよね!今日が当番じゃなかったら飲みたいです」
「何?つまみっすか?」
話を聞きつけたロイドがやってくる。
「俺も食べたいっす!いただいていいですか⁈」
「ああ、いいぞ」
「やったー!」
ちらりとメイを見てみると、こちらのことは気にせずにしゃがんで犬に飯をやっている。
犬が食べたことに喜んでいるようだが、どこか疲れているようにも見えた。
早く休ませてやったほうがいいだろう。
食事はいらないとのことなので、ハンスに客室まで案内させる。
メイが去った後、ヨハン先生がやってきた。
「どうじゃった?」
「食欲はないという事で、犬に飯をやってから休みにいきました。
今までの来訪者とはずいぶん違いますね。
飯まで作ってくれました」
テーブルの上のテンプラを示すと、ヨハン先生も一つ摘む。
「揚げ物か。
サクリとしてうまいのう。
今はまだ混乱してそうじゃったが、犬が一緒だから安定してるのかもしれん」
「そうですね、自分のことより犬のことを気にしてました」
「自分より守るものがあるから落ち着いているのかもしれん。
だが後からショックが出ることもある。
しばらくは気にして見てやらんといかんな」
なるほど、今までの来訪者との違いは
『一人ではなかったから』
なのかもしれない。
翌朝、もしかしたらメイは今日は部屋から出てこないかと考えていた。
朝を迎えて改めて異世界転移を実感し、ショックを受ける場合もある。
だが、俺の心配をよそに、当の本人はゴローに紐をつけてケロリと歩いていた。
何をしているのか問えば『ゴローの散歩だ』と言うから驚いた。
ニホンではこうして犬も散歩すると言う。
しかも、排泄物の処理の仕方まで聞いてくる。
この世界では犬は大抵、敷地内を自由に歩いている。
その事を伝えたらメイは驚いていたが、今朝もゴローの食事を作っていいと伝えると、とてもうれしそうな顔をした。
ゴローは警戒心が強い犬だと聞いていたが、どうやら俺は懐かれたらしい。
気がつくと側にいる。
朝食の時に皆にメイを紹介したところ、ゴローはメスだと言うことが判明した。
「団長よかったですね、女の子にモテましたよ!」
団員達が大笑いしていた。
驚くことはここで終わらず、メイは騎士達の食事を作ると言い出した。
ありがたい申し出だが、今までの来訪者とはずいぶん勝手が違った。
手を動かしていた方が気が楽、という言葉で気がついた。
メイは誰かのために動くのを苦にしないタイプなのだろう。
その点は好感がもてる。
ゴローのために。
また騎士団には若い騎士もいる。
彼女は息子と騎士を重ねて見ているのかもしれない。
メイにやりたいことがあるなら、できる範囲で任せようと思った。
それからはメイは厨房にいる時間が増えた。
一人で過ごしたくなかったのかもしれない。
食事は改善されてうまくなった。
いままで備蓄が余りがちだった白米もメニューに加わった。
ベリーのジャムやクッキーなど、騎士達の楽しみも増えた。
ゴローも砦に慣れたのか、初めの頃はメイの側を離れなかったが、だんだん行動範囲を広げて行った。
他の騎士達にも慣れたようで、俺以外の者の側にも行くようになった。
逆に騎士達もゴローに声をかけたりして、砦の雰囲気も良くなったように見える。
王都からメイの保護に関しての手続き書類が来た時に、転移場所についての項目があった。
近々、山へ確認に行かねばと思っていた時に、メイが
山へベリーを摘みに行きたがっているのを知った。
本人が一緒ならば、何か手掛かりがわかるかもしれない。
共に山に行きベリーを摘んだ後に、彼女を保護した場所に行ってみた。
やはり残念ながら手がかりは何もないようだ。
異世界転移については長年研究されてはいるが、まだ解明されていない謎の現象だ。
その時に見せられた、スマホというものには驚かされた。
肖像画よりも精密な画が一瞬で撮れる。
メイの子供達と幼いゴローのシャシンも見せてくれた。
これは報告したらスマホを国に提出しなくてはならなくなるもしれない。
彼女の大事なものなのだから、手元に残してやりたい。
この件についてはセドリック管理官に相談するのがいいだろう。
それにしても異世界は技術が発達していると、改めて認識した。
きっとメイはこちらの世界、特に砦では不自由している事も多いのではないだろうか?
それなのに不満も言わずに、工夫しながら毎日楽しそうにしている。
子供の事を思っているのか、何も言わずに空を見上げているメイの背中は、なんだかいつもより小さく見えた。
いつもは無意識に気を張っているのだろう。
まだ来訪者が元の世界に帰る方法は判明していないが、帰れるものならその道を見つけてやりたいとは思う。
それまでの間だけでも、メイを守ってやりたい。
そう思っているのに、メイとゴローがいない砦はなんとなく想像できなかった。
補給官に気前よくレシピまで教えてしまうところも、共に過ごした時間はまだ少ないのに、メイらしいなと思った。
味噌というものを作った時はひさしぶりに楽しかった。
半年後、メイとゴローがここにいるかどうかは、まだわからない。
それでも、味噌を一緒に開けて喜ぶ彼女を見たいと思った。
誰かと私的な約束をしたのはずいぶんとひさしぶりだ。
それを楽しみに感じた自分に、俺は少しの戸惑いを感じる。
だが、悪くはないと思えた。




