10.買い物に行こう
管理官のセドリックさんは、ワンピースを一枚、ブラウスとスカートを二枚、ベストっぽいものも二枚、あと下着・靴下を三セット用意してくれていた。
なんという気遣い!ものすごく助かる。
今までは砦の備品を借りていたからだ。
自分が使った下着や靴下を備品に戻すのは気が引けるので、使った分は新しいものを備品棚に戻す。
「靴も欲しいなぁ」
履いてきたスニーカーはだいぶくたびれて見えた。
騎士団の備品のショートブーツを借りていたのだが、それでもちょっと大きいのだ。
「団長さんに相談してみようかな」
「靴を買うなら、山の麓の町に行けばいい。
買い出し係の二人と今日一緒に行けばどうだ?」
団長さんに聞くとあっさりOKが出た。
今日の買い出し係はトマスさんとディーンさん、
それと、非番のロイドさんも町へ降りるという。
トマスさんとディーンさんと私は荷馬車で、ロイドさんは馬で行くことになった。
今日はゴローはお留守番だ。
おみやげ買ってくるね、と言いそうになったけど、犬のおもちゃとか売ってるんだろうか?
「メイさん、何買うんすか?」
荷台に乗る私に、馬に乗ったロイドさんが聞いてくる。
「靴が欲しいんです。
履いてきた靴はだいぶくたびれてきたんで」
「じゃあ、よければくわしいのがいるんで紹介するっす」ロイドさんがうれしそうに言う。
「ああ、エメリアさんか」
御者席のディーンさんが振り返る。
聞いてみると、エメリアさんはロイドさんの婚約者でパン屋の娘さんだそうだ。
いい!この世界のパン屋さんも見てみたい!
「じゃあ町に着いたら、俺たちは買い出しに回るよ。
町の詰所にも寄るしな。
二人はパン屋に行ってから、靴屋に行ってくれ。
靴屋で合流しよう」
トマスさんが一日の流れを決めてくれた。
荷馬車は一時間くらいで麓の町に着いた。
私が想像していたより大きい町だった。
店もたくさんある。人もたくさん歩いているが、日本人のような黒髪の人は見当たらない。
ここだと黒髪は珍しいのかな?
茶色や金髪の人が多い。
荷馬車と馬を預けると、トマスさんから巾着袋を渡される。
「メイさん、これ団長から預かってきました。
ロイド、メイさんは買い物が初めてだから教えてやるんだぞ。」
「了解っす!」
巾着袋を受け取り、私はロイドさんとパン屋に向かった。
五分くらい歩いたらパンのいい匂いがしてきた。
「この店っす!どうぞ」
ロイドさんがドアを開けると、カランとベルがなった。
店番をしていた若い女の子が笑顔になる。
「いらっしゃい、ロイド!…そちらがメイさんね?」
「ああ。メイさん、婚約者のエメリアっす」
「初めまして、メイです。
ロイドさんにはいつもお世話になってます」
「いつもお話は聞いてました!お会いできてうれしいです」
エメリアさんはニコニコとしたかわいらしい子だった。金髪に青い目。二十歳くらいかな?
娘の美奈よりは若そうだ。
美奈、元気にしてるかな…
お店にはパンが十種類くらい並んでいる。
フランスパンのようなもの、丸い大きなもの、どれもおいしそうだ。食パンは…見当たらない。
エミリアさんに聞いてみるが、この世界のパンは硬いものが当たり前だという。
「やわらかいパンを作りたいんです。
私の世界では卵や牛乳を入れたんですが、どうしたらいいですかね?」
「ちょっと待ってくださいね!父さんに聞いてみます」
父さーん、とエメリアさんが厨房へ消えていった。
しばらくして、ガッチリとした男性がエメリアさんと現れた。
「エメリアの父のジョージだ。
やわらかいパンを作りたいんだって?
日持ちしなくなりそうだがいいのか?」
「はい、少しだけ作れたらいいんです」
「砦はどんな粉でパンを焼くんだ?」
「小麦粉です。あの固いパンと同じ粉です」
「そうか。俺は作ったことはないが、もし柔らかいパンを焼くなら、パン向きの粘りの強い粉だけを使うのがいいかもしれん。
それから水の一部を牛乳に替えてみたらどうだ?
粉を持ってきたら、水分の配合も見てやれるぞ」
「ありがとうございます!やってみます!」
「アンタの世界のパンとはやっぱり違うのか?」
「そうですね、固いパンに似たものもあるんですが、日常的にはやわらかいパンを食べてました」
「どんなものか気になるな。
もし出来上がったら見せてくれないか?」
「はい!成功したらロイドさんに渡しますね」
食パンはないみたいだから、うまくできたら渡そう。
ありがたいアドバイスがもらえた。
パン向きの粉…日本で言う強力粉だろうか。
これから靴を買いに行く、とエメリアさんに言うと着いてきてくれることになった。
ロイドさんたちのデートを邪魔したみたいで申し訳なかったが、
「いいの!ロイドには女の靴の事はわからないわ」
とエミリアさんが笑って言ってくれた。
靴屋はパン屋さんから十分くらいだった。
お店に入ると、木の足型や革が吊るされている。
そうか!この世界は靴はオーダーメードなんだ。
「いらっしゃい、今日はどんなものが欲しいんだい?」
温和そうな男性に迎えられる
「トムさん、こちらのメイさんが靴が欲しいんですって」
トムさんは私の姿を見て目を丸くした。
「黒い髪に黒い目…こりゃおどろいた!
あんた来訪者かい。
話には聞いてたが、見るのは初めてだよ。
…じゃあ王都に行くための靴かい?」
「いえ、私は山の砦で暮らしています」
「そうか、それなら丈夫なやつがいいな」
トムさんにイスを勧められ、足の採寸をされる。
メジャーの目盛を見ながらトムさんが言う。
「ふむ、このくらいか…
まてよ、ちょうどいいものがあるぞ。
ちょっと待っててくれ」
トムさんは奥の棚をガサゴソと探し出した。
「あったぞ。このブーツはどうだ?
ちょっと履いてみてくれ」
焦茶色のショートブーツが出てきた。
試着してみると、ちょうどいいサイズだった。
「ピッタリです!」
「よかった、こいつは前に頼まれて作ったんだが、完成した頃には依頼主の足が大きくなっちまってな。
今日はそれでいいか?」
「はい!これ欲しいです!おいくらですか?」
「店に置いてあった在庫だから、銀貨一枚でいいぞ」
銀貨一枚でたしか一万円くらいなはず。
これはすごくお買い得なんじゃない?
「買います!」
するとエミリアさんがアドバイスをくれる。
「メイさん、他の靴もいらないですか?
ふだん履ける靴はもう一つくらいあるといいですよ」
確かにそうかもしれない。
袋を見ると、まだお金は充分入っていた。
「じゃあ、ふだん履く靴もお願いします」
「そっちは作るから、1週間くらいかかるぞ。
ふだん履きならおすすめはこの革だな。
形は今エミリアが履いてるやつと同じでいいか?」
「はい!お願いします」
「こっちは銀貨二枚だ。払いは半分づつ。
今日と受け取りの時になる」
ロイドさんにたずねてみると、砦の買い出しは通常は十日に一度らしい。
「受け取りの時に履き心地を調整するから、他の者じゃなくあんたが来てくれ。
それで、その時にあんたの世界の靴を見せてくれないか?」
私は今日は砦で借りたブーツを履いていた。
「スニーカーって靴で、ここの靴とは種類が違うんですけどいいですか?」
「ああ、異世界ではどんな靴を履いてるのか、気になってたんだ」
そうか、今までは砦でしかすごしてなかったからわからなかったけど、ここだと私、けっこう珍しい存在なんだ。
そこへ買い出しを終えたトマスさんとディーンさんがやってきた。
私は次回の買い出しにも着いてきて、靴を受け取る事になった。次はスニーカーを履いてこなきゃ。
「良い靴は良い道を選んでくれる。
あんたの道が良いものになりますように」
トムさんはそう言って送り出してくれた。
ロイドさんとエミリアさんにお礼を言って別れる。
ロイドさんは明日砦に戻るそうだ。
トマスさんとディーンさんの買い出しも終わったという。
ディーンさんが聞いてくれる。
「メイさん、他に買いたいものありませんか?」
「うーん、犬のおもちゃって売ってますかね?
ボールとか」
「犬用は見た事がないなぁ」
とトマスさんも考えてくれた。
「じゃあ、犬用のブラシって売ってますかね?
ゴロー、そろそろ毛が抜ける時期なんです」
「馬用のブラシじゃ大きいよなぁ」
うーん、と三人で考える。
「あ!人間の服用ブラシなら代用できるかも。
売ってるとこありますか?」
「ああ!それなら雑貨屋にありますよ。
俺ついていきます」
ディーンさんがそう言ってくれて、無事にゴローへのおみやげも買えた。
雑貨屋のおかみさんにも「来訪者、初めて見たわ!」と驚かれたけど、嫌な感じではなかった。
「違う世界で大変だろうけど、がんばるのよ」とブラシ代はおまけしてくれた。
荷馬車にたくさんの荷物を積んで、私たちは帰路についた。
「やっぱり来訪者って珍しいんですね」
「そうですね、砦で保護した来訪者でこの町に来たのはメイさんが初めてですよ」
トマスさんが馬の手綱を握りながら答えてくれた。
「そうなんですか?」
「ええ、俺が砦に来てからメイさんの前に二人ほど来訪者の保護をしたんですが、基本は部屋から出てこなかったですね。
すぐ王都への移動を希望して、結局三日も砦にいなかったんです」
そうだったんだ…そりゃ、怖くてそうなるのも無理はないかも。
「来訪者の存在はみなさん知ってるんですか?」
「学校で一応聞かされるんですよ」
ディーンさんが答えてくれる。
「そしたら、存在は知ってるけど実物は見たことない、ぐらいな感じですか?」
「そうですね、俺はメイさんが初めて会った来訪者ですよ」
ほぉー、そんな感じなんだ。
迫害されない世界で本当によかった。
「靴、いいのがあってよかったですね。
今日手に入るとは思いませんでしたよ」
トマスさんが馬を操りながら言う。
答えようとしたその時、ガタン、と荷馬車が大きく揺れた。
「おわぁっ!びっくりしたぁ」
おっと、うっかり素のしゃべり方になってしまった。
「ははは!メイさん、話し方もっと気軽でいいですよ」
トマスさんが笑ってくれる。
「そうそう、俺は姉ちゃんがメイさんくらいの歳だから、丁寧に話されるとどうも違和感があって」
ディーンさんもそう言って笑った。
ディーンさん、お姉さんいるんだ。
「そ、そう…?こんな感じですかね?」
「まだ堅いです。
団長達ならともかく、俺たちにはもっと砕けて話してもらった方が楽なんで」
「わかった。
じゃあ私より年下そうな人には普通に話すね」
思い切ってふだんの話し方にする。
私より年下、と言ったらたぶん砦の騎士の三分のニ以上は該当しそうだけど。
確実に年上そうっていったら、ヨハン先生、副団長のオスカーさん、団長さん、あとは誰だろう…?
日本の職場で、若い子にも丁寧に話すクセがついていたから、最初はちょっとまごつきそうだ。
そうか、この世界だとコンプライアンスにビクビクしなくていいんだなぁ
「失礼ですけど、メイさんていくつなんです?」
トマスさんが聞いてきた。
そういえば、私の歳って最初の聞き取り以外は誰にも聞かれなかったな
「四十五ですよ」
「えーっ⁈見えない!姉ちゃんより年上だった」
トマスさんは
「うそだろ⁈俺より年上かよ」
と驚いていたが、実は私も驚いた。
トマスさん、年下だったのか。老け顔なんだな。
「四十五って言ったら、団長と同い年だ」
団長さん、同い年だったのか…年上かと思ってた。これもまた意外な事実を聞かされて、私たちはガタゴトと荷馬車で砦に帰った。
帰ったらゴローのブラッシングをしよう。




