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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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11/28

11.やわらかい日

 翌朝。

 いつもより早く目が覚めた私はゴローを起こして散歩に出かけた。

 今日はやりたい事がある。

 昨日教わったやり方でパンを焼いてみたい。

 私はゴローといつもより早く厨房に向かった。


「おはようございます」

 今日の食事当番はエルンさんとポールさんだった。

 なんというか、勢いのある二人である。

 昨日聞いたらエルンさんは十七歳だった。

 ポールさんは二十三歳。若い。

 二人とも日本にいたらアイドルになれそうな感じである。


 まだ二人とも厨房に来ていなかったので、私だけでパンの試作をすることにした。

 その前に、今朝のスープを火にかける。

 私が厨房に入るようになってから、翌朝のスープの野菜は前日の夜に切って氷の魔石の部屋に置くようにしたので、朝の支度はずいぶん楽になったと喜ばれた。


 起こしておいた酵母と強力粉、バター、牛乳、砂糖、塩を少し。

 昨日教わった通り、水の半分を牛乳にして、粉も強力粉だけにする。

 日本の家ははホームベーカリーがあったのだが、子供達が小さい頃は手捏ねでよく一緒にパン作りをした。

 材料を順番に混ぜて捏ねる。懐かしい。

 確かにいつも厨房で作っているパンより生地がやわらかい気がする。

 生地を一つにまとめて一次発酵する間に、私は貯蔵庫に向かった。

「なんか型ないかなぁ」

 あちこち探していると、金属の四角い缶が二つ出てきた。

 何に使うものかはわからないけど、これ使えるんじゃないかな?

「メイさーん、何してるんですか?」

 エルンさんがひょっこり顔を出した。

「おはよう!パンの試作をしようと思って。

 ねえ、この缶って何に使うもの?」

「どれどれ… んー、わかんないや。

 王都のお菓子でも入ってたんじゃないかな?」

「そっか、じゃあこれ使おう」

 昨日、堅苦しい言葉なしで!と言われて、砦に帰ったら騎士さんみんなが賛成してくれた。

 中でもエルンさんは息子の健(たける)よりも若い。

 普通にしゃべるのも私としては抵抗がなかった。


 厨房に戻るとポールさんがスープの味付けをしてくれていた。

「メイさん、おはようございます。

 スープやっといてくれたんですね!

 ありがとうございます」

「どういたしまして。

 パンは今日は焼かない日だから、あとは蒸せばいいよね」

「うんうん、今日は朝やること少ないからよかったー!」

 エルンさんもニコニコしている。

「じゃあ私、今日はパンの試作してもいい?」

「もちろん!」

「どんなパンです?」

 そこで私はニヤッと笑って答えた。

「やわらかいパン」


 一次発酵が終わった生地を休ませている間に、さっき見つけた缶を洗って、よく拭いてから油を塗る。

 その間も朝食の配膳や昼食の仕込みをしていく。

 合間を見て、生地を分割して丸めて型に詰める。

 かまどから少し離れたところに置き、二次発酵をさせる。


「メイさん、アレいつできるの?」

「んー、昼食の片付けが済んだ頃かな」

「じゃあ味見させてね!」

 エルンさんとポールさんの目がキラキラ輝いていた。

 昼食の配膳が終わった頃に型を見てみると、生地はちょうどよく盛り上がっていた。

「いい感じ!これで焼こう!」

 かまどに型を入れる。

 昼食の終わった食器を洗っていると、パンが焼けるいい匂いがしてきた。

 食堂のいつもの位置で寝ていたゴローが頭を上げて匂いを嗅いでいる。

「なんかいい匂いがするっす。メイさん、またなんか作ったっすか?」

 お皿を下げにきたロイドさんは鼻をヒクヒクさせて言う。

「やわらかいパンだって!」

 エルンさんが答えると、ロイドさんが納得していた。

「あ!昨日言ってたやつか!エミリアが出来たら教えて欲しいって言ってたっす」

「そろそろ焼けるから、どんなのか見る?」

 かまどから型を取り出す。

 パンが焼ける幸せな匂いが厨房いっぱいに広がった。

 二つともきれいな焼き色がついている。

「うん、たぶん成功した」

 バン!バン!

 パン型をそれぞれ上から落として蒸気を抜く。

「なにやってるの、それ?」

 エルンさんが驚いているところに、

「なんの音だ?」と団長さんがやってきた。

 パン型の音で起きたゴローが団長さんに寄っていく。

「パンの試作です」

 と私が答えると、

「パンであんな音が…?」

 と団長さんが怪訝な顔になる。

「ねーねー、メイさん、それまだ食べられないの?」

 聞いてきたエルンさんの横で、ロイドさんとポールさんもワクワクした顔をしている。

「もうちょっと冷めてからね。

 冷ましてる間に片付け済ませよう!」

「はーい」若者三人は露骨にがっかりして持ち場に戻って行った。


 昼食の片付けが終わり、パンの荒熱も取れた。

「じゃあ切るね」

 サク、とパンにナイフを入れる。

 うん、日本で食パンを切った時の感触に近い。

「はい、試食どうぞ」

 エルンさん、ポールさん、気になってまた戻ってきたロイドさん、それと引き止められて食堂に残っていた団長さんに切ったパンを渡す。

「うわ、フワフワしてる」

「やわらかい!」

「うまい!」

 若者三人からは好評のようだ。

 団長さんはどうだろう、と見てみると、目を丸くしてパンを咀嚼している。

「やわらかい、味もいい。

 これがメイの世界のパンなのか?」

 私も一口食べてみる。

「そうですね、こんな感じです」

「このパンを食べていたなら、こちらの世界のパンは固かっただろう?」

「元の世界にもハードパンって固いパンはあったんです。私は日常的には食べてなかったですけど」

 やわらかい、ほぼ食パンを食べていたら、無性に卵サンドが食べたくなってきた。

「さらにこのパンを改良もできるんですけど、します?」

 返事は全員イエスだった。


 鍋に水を張り、卵を茹でる。

「ではこれからマヨネーズを作ります」

「まよねーず?」

 みんな不思議そうな顔をしている。

 どうやらこの世界でマヨネーズは一般的ではないらしい。

 ボウルに卵黄、塩、酢を入れて騎士さん達に順番に混ぜてもらう。

 もったりしてきたところへ、少しづつ油を混ぜて、かき混ぜてもらう。

 自分で混ぜないので手がとても楽だ。

「はい!これで出来上がりです」

 全員にスプーンですくったマヨネーズを一匙ずつ配る。

 パクリ、マヨネーズを味わったエルンさんが叫ぶ。

「なんだこれ!うまい!」

 うまい、うまいとロンドさんとポールさんもうなずく。

 団長さんも

「似た味を王都で食べた事があるが、こんな簡単にできるものなのか」

 と驚いている。

「もうちょっと待ってくださいね」

 ゆで卵を刻み、マヨネーズで和えてパセリを散らす。

 それを食パンに挟んでサンドイッチにする。

余ったマヨネーズは瓶に移して氷の魔石の部屋においた。

これはまた明日使おう。

「はいどうぞ、卵サンドです」

 騎士さん達が卵サンドにかぶりついて、また目を丸くしている。

 私も卵サンドを食べる。

 おいしい。

『明日の遠足、卵サンド入れてね!』

 健(たける)も美奈も、この卵サンド、好きだったなぁ…

 少しだけ目頭が熱くなった。


「ごちそうさま。うまかった」

「うまかったっす!エミリアに自慢するっす!」

 よかった、卵サンドは気に入ってもらえたようだ。

 そうだ、一応新しいものになるし、次の補給ではバルドさん達にも出してみよう。

 団長さんとロンドさんが食堂から出て行き、食事当番の二人と私だけが残った。

「あー、うまかった!そろそろ晩飯の仕込みかぁ」

「今日なんだっけ?」

 たしか今日は豚肉と野菜のポトフっぽいスープだった気がする。

 マヨネーズで使わなかった卵白はそのままスープに入れようかな、と思ったところで閃いた。

「二人とも、まだ元気だよね?スープのお肉、増えたらうれしくない?」


 ダカダカダカ、と肉を包丁で叩く音がする。

 叩いているのはポールさんだ。ものすごい勢いで挽肉を作っていく。

 私とエルンさんは玉ねぎを刻む。

「メイさん、これ目にしみるー!ポールさーん、変わってー!」

「いやだね!今日の俺は肉係だ!」

 涙目の私とエルンさんはなんとか玉ねぎのみじん切りを終わらせる。

 大きなボウルにひき肉、みじん切りの玉ねぎ、塩コショウ、卵白、昨日の残りの固くなったパンを刻んで牛乳につけたものを入れて捏ね、肉ダネを作る。

 粘り気が出たら、沸かしたスープにスプーンですくった肉ダネを落としていく。

「うわ、これ楽しいな!」

 ポールさんとエルンさんが大鍋にどんどん肉ダネを落としていき、あっという間に肉団子スープが完成した。

「味見していい?」

「一個だけ。熱いから気をつけて食べてね」

 言ってるそばからポールさんが肉団子を口に入れて、悶絶している。

 あわててお水を渡すと一口飲んで

「あっつい!でもうまい!」と笑っている。

 エルンさんは慎重に肉団子を冷ましてから口に入れた。

「うまい!やわらかい!ふわふわ!

 これ、絶対みんなビックリする!」

「だよな、この砦でこんなやわらかい食い物なんか出たことなかったよな」

 と二人でうなずきあっている。

 それは私にも、なんとなく想像はついた。

 案の定、騎士達は肉団子スープに大喜びだった。

「うまい!やわらかい!」

「ふわふわでうまい!」

 ふわふわとは無縁な砦に、今日はやわらかいものが増えた日だ。


 一日が終わり、ベッドに入る。

 枕元に置いてあるスマホを開く。

 いつもはなるべく開かないようにしている。

 けれど今日は、卵サンドを食べたせいか、無性に健(たける)と美奈の顔が見たかった。

『俺たちはもう大丈夫だから、そろそろ自分の幸せ探せば?』

 家を出る日に健(たける)がそんな生意気なことを言った。

 横で美奈も笑ってうなずいていた。

「…幸せ、かぁ…」

 ため息をつくと、ゴローが私の足に顔を乗せてきた。

 ふふ、と笑ってゴローの頭を撫でる。

「もう寝ようね、おやすみ、ゴロー」

 日本の子供達も幸せでありますように。

 毎日の祈りを捧げて目を閉じた。

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