↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
PR
12/28

12.砦コーヒー

「ほぉ、このパンはやわらかくていいのぅ」

 目の前でヨハン先生がニコニコと食パンを食べている。

 食パン作りに成功した日から、砦では二種類のパンを焼くようになった。

 食パンの型は団長さんが麓の町の金物屋に依頼して五つも作ってくれたのだ。

 しかし以前からあるパンを好む人もいた。

「ふわふわでうまいんですけど、どうも腹にたまらなくて」

 そのセリフは聞いた事がある。

 息子の健(たける)がよく口にしていた。

 ちなみにマヨネーズもあの日から定着した。

 この世界にもマヨラーはいたようだ。


「そのまま食べてもいいんですけどね、こんなふうにトーストしてもおいしいんですよ」

 フライパンで両面焼いたトーストをヨハン先生の前に置いた。

 一枚は多いと言うので、私が半分食べることにする。

 包丁を入れるとサクッと香ばしい匂いがする。

 トーストにバターを塗って、まずは一口。

 おいしい。この世界に来るまでは毎朝食べていたトーストが、ずいぶん長いこと食べていなかったものに感じた。

 しかし、なんだか物足りない。

 コーヒー、コーヒーが飲みたい!

「ヨハン先生、この世界にコーヒーってありますか?」

「あるぞ。

 王都に行けば飲めるが、あれは南の方の特産品じゃから高い。

 一杯で銅貨3枚くらいかのう」

 銅貨一枚は確か日本だと千円くらい。三千円のコーヒーなんて、高級ホテル並みだ。

「高いですね…」

「今はもうちょっとしますよ」

 団長さんが言いながら食堂に入ってくる。

 どうやら私たちの話が聞こえていたようだ。

 ゴローがさっそく団長さんに挨拶に行く。

「先月、王都に行った時は銅貨5枚でした」

「ずいぶん値上がりしたのう」

 そういえば団長さんは先月、会議があると王都に出かけて行ったっけ。

 いいなぁ、コーヒー飲んだのかぁ。

「メイの世界だと日常的にコーヒーを飲むのか?」

 団長さんにたずねられて、

「はい、毎朝飲んでました」

 と答えたら二人ともびっくりしていた。

「それは豪気な世界じゃのう」

 ヨハン先生は髭をひとなでして笑った。

 足元で伏せていたゴローも笑っているようだった。


 それからも私のコーヒー欲は止まらなかった。

 コーヒー、コーヒーが飲みたい!

 一度その考えが浮かんだらもうダメだった。

 ゴローの散歩をしていても、ずーっとコーヒーのことを考えてしまう。

 何か似たものはないだろうか。

 麦を炒っても麦茶しかできないしなぁ。

 山にコーヒーの実がなってたりしないだろうか。

 その時だった。

 小さな黄色い花が咲いているのが目についた。

 同じ株から出た隣の花は綿毛になっている。

 あれは、たんぽぽだ。

「そうだ!たんぽぽだ!」

 前にテレビで見た事がある。

 たしかたんぽぽの根っこでコーヒーが作れたはず!

 私はたんぽぽを根っこから掘り、ゴローと一緒にヨハン先生のところへ走った。


「先生!ヨハン先生!」

「どうしたんじゃ?そんなに急いで。

 何かあったか?」

「コーヒーが、コーヒーっぽいものが作れるかもしれません!これで!」

「ん、これはダンデライオンじゃのう。

 葉は食べられるし、花で酒を作るものもおるのう」

「根っこを焙煎したコーヒーはないですか?」

「さて、わしは聞いたことはないが、根も食べられるとは聞くのう。

 試しに作ってみたらどうじゃ?」

「わかりました!やってみます!」

「畑に生えてると思うぞ」


 その足でそのまま畑へ走った。

 ゴローもうれしそうに走ってついてくる。

 畑にたんぽぽはたくさん生えていた。

 試しに掘ってみると、さっきのものより根っこが深い。

 シャベルかなんかないかなぁ。キョロキョロしてみても、棒の一本も落ちてやしない。

「ゴロー、これ掘ってくれない?ここ掘れワンワンって」

 ゴローに無茶なお願いをしていたら、背後で笑い声がした。

「…ココホレワンワン?なんだそれは…

 こんなところで何してるんだ?」

 振り向くと、なぜか苦笑いしている団長さんがいた。聞かれてたのか…

 私の足元では、ゴローが尻尾を振りながら団長さんを見上げていた。

「顔、泥ついてるぞ」

「え?どこですか?ここかな?」

 ゴシゴシと顔をこする。

「もっと広がるからやめろ。ここだ」

 そう言って私の顔をハンカチで拭いてくれる。

 近いな!

 しかし団長さんは気づいていないようだ。

「ありがとうございます」

 顔を拭かれるなんて、何年振りなんだろう?

 まるで子供のようでちょっと恥ずかしい。

「メイがすごい勢いで走って行ったと聞いて、何かあったのかと思って追いかけてきたんだ」

 あら、どうやら心配させてしまったらしい。

「すみません、つい夢中で」

「今度は何を作るんだ?」

「あ!これです!これでコーヒーができるかもしれません!」

 手に持ったたんぽぽを団長さんに差し出す。

「ダンデライオンで?」

「はい!この根っこでできるらしいんです!」

 ふむ、と団長さんがアゴを撫でる。

「ちょっと待ってろ」

 そう言って畑の近くの小屋から小さなシャベルを持ってきてくれた。

 畑の道具は全部あの小屋に置いてあるそうだ。

 知らなかった。

 団長さんはたんぽぽを掘るのを手伝ってくれる。

「団長さん、訓練はいいんですか?」

「少しくらいなら問題ない」

「ありがとうございます」

 話しながら、掘っていくけどやっぱり根が深い。

「なんか魔法とかないんですかね?

 たんぽぽだけズボッと抜けるようなの」

「はははっ、そんな都合がいい魔法はないな」

 ないんだ、魔法。

 たくさんのたんぽぽを収穫してから、団長さんは

「じゃあ訓練に戻る」と去って行く。

 ゴローも団長さんについていく。

 その背中を見送って、団長さんは本当に面倒見がいいなぁと思った。


 たんぽぽを抱えて、また厨房に走る。

 今日の食事当番はディーンさんとハンスさんだった。

「どうしたんです?そんなに走って」

 ディーンさんがちょっと目を見開いて驚く。

 ハンスさんが水を持って来てくれる。

 私はゼーゼーしながら、やっとの思いで二人にたんぽぽコーヒーを知っているか聞いた。


「では、たんぽぽコーヒーを作ります」

 わー、とハンスさんがパチパチ拍手をしてくれる。

「…根っこですよ?」

 ディーンさんはちょっと疑っているようだ。

「いいの!元手はタダだし、ダメで元々、成功したら万々歳だから!」

 まずはたんぽぽ全体を洗う。根っこも良く洗う。

 その後は、根っこを切り分け細かく刻む。

 あとは、これを干すところまでしか今日はできない。

 もどかしい気持ちを押さえながら、私は昼食の仕込みに戻った。


 二日後、根っこはいい感じに乾いていた。

 今日はこれを炒って粉にする。

 干していた大きなザルを抱えて厨房に戻ると

「それがディーン達が言ってた根っこですか?」

 今日の食事当番、マルクさんが聞いてくる。

「そう!やっと乾いたの!」

「ほんとにコーヒーになるんすか?」

 もう一人の食事当番はロイドさんだ。

 疑いの眼差しでザルを除き込んでくる。

「なるはず。これを炒って細かくするの」

 大きいフライパンを出して根っこを入れる。

 火をつけて、弱火で炒っていく。

 食堂でゴローがくんくんと漂う匂いを嗅いでいた。

 これ、常にフライパンを揺すらなきゃいけないから、地味に手にくるなぁ…

「ロイドさん」

「はいはい、代わるっすよ。

 後でなんかうまいものください」

「俺もやります!うまいもの食べたい」

 しめしめ、マルクさんも乗ってきた。

 たんぽぽの根っこはいい感じに茶色くなったので、平たいザルに移して広げた。

 三人がかりで扇いで熱を取り、冷めたらすり鉢に移す。

 今度はこれを細かくするのだ。

「けっこう手間がかかるんだなぁ」

「それっぽい匂いになってきたっす」

 マルクさんもロイドさんも気になってきたようだ。

 完全に粉にはせずに、少し粒が残るくらいで終わりにする。

 鍋にお湯を沸かし、粉にしたたんぽぽコーヒーを入れる。

 だんだんお湯が色づいて、香ばしい匂いがしてきた。

 煮出すのを二人にお願いして、私はごほうびの準備を始める。

 薄く切った食パンをトーストして、バターとハチミツをのせる。

「メイさーん、こんなもんすか?」

 ロイドさんが呼んでいる。

 あわてて戻って鍋を覗く。

「…これ、成功したかも」

「マジっすか!」

「飲みたい飲みたい」

 ヤカンのフタを取って口に布をかぶせる。

 そこにゆっくり注いで濾していく。

 三人分カップに注いだ。

「じゃあ、試飲しよう」

 私たちは妙に神妙な面持ちで一口飲んだ。

 コーヒーとは違う。

 でも、想像していたよりはそれっぽい味がした。

「あれ?普通に飲めるな、根っこなのに」

「ちょっと苦いけどうまいっす、根っこなのに」

 マルクさんもロイドさんもポカンとしている。

「二人ともありがとう、おいしいよ。

 はい、これどうぞ。ハニーバタートースト」

 本当にごほうびがあるとは思わなかったのだろう。

 二人とも大喜びしている。

「これうまいっす!コーヒーに合う!」

「サクサクして、甘い!パンが香ばしい!」


 その時、廊下をヨハン先生が歩いているのが見えた。

 あわてて廊下に出て呼び止める。

「先生!できましたよ!たんぽぽコーヒー!」

「おお、できたか。じゃあ招ばれようかの。

 団長も呼んできてやりなさい」

「了解っす!」

 ハニーバタートーストを食べ終えたロイドさんが団長室に向かう。

 私は二杯目のコーヒーを入れる準備と、ハニーバタートーストの準備も始めた。


「お待たせしました。

 たんぽぽコーヒーとハニーバタートーストです」

 新しく淹れたたんぽぽコーヒーを団長とヨハン先生の前に置く。

「どれどれ、見た目はコーヒーじゃのう」

 ヨハン先生が一口飲む。

 団長さんもその横でカップに口をつけた。

 二人とも少し味わってから話し出す。

「本物とは少し違うが香ばしさはなかなかじゃのう」

「ああ、コーヒーとは違うが、これはこれでうまい」

「このハニーバタートーストもうまいのう。この苦味にピッタリじゃ」

 団長さんは無言でハニーバタートーストを食べている。

 最近気づいたのだが、団長さんは甘いものが好きなのかもしれない。

 気に入ったっぽい時ほど無言になるんだよね。

 マルクさんがしみじみ言う。

「根っコーヒー、うまいな」

「手間はかかるけど毎日飲みたいっす」

 ロイドさんも気に入ったようだ。

「いやいや、たんぽぽコーヒーだから!」

「名前が長いっす」

「根っコーヒーでいいじゃないですか」

 マルクさんは根っコーヒーが気に入ったようだ。

 たんぽぽコーヒーは確かに呼びづらくはあるけど、このままだと『根っコーヒー』で定着しそう。

「砦コーヒー、でいいんじゃないか?」

 私たちの言い合いに呆れたように団長さんが言った。


 こうして、私のコーヒー欲は鎮まり、たんぽぽコーヒーは砦の騎士達に砦コーヒー、略してトリコーと呼ばれる飲み物になった。

 次の補給でバルドさん達にも出してみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。