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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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8/28

8.味噌と行動食

 まず私は味噌の容器になる小ぶりな木の樽を洗って、風通しのいい場所に干した。

 大豆はよく洗い、傷んだ豆がないか確認する。

 その後、大豆をたっぷりの水に浸した。

「レオンさん、マルクさん、エディさん、この豆はこのままにしておいてください」

「わかりました。明日のスープ用ですか?」

「これは違います。

 作りたいものがあるので、絶対に触らないでください」

「わかりました!絶対ですね!」

 後から聞くと、その時の私はかなり迫力があったらしい。

「じゃあこれ、触るな!って書いておきますね」

 とレオンさんが言ってくれたので、すかさず頼む。

「ありがとうございます!

 この麹にもお願いします!」

 味噌づくりへの気持ちは逸るが、今日はもうこれ以上出来ることはない。


 その時、団長さんとバルドさんが食堂にやってきた。

 お茶の時間だからちょうどいい。

 クッキーの試食をしてもらおう。

 お皿にベリークッキーと、その後作ったナッツクッキーものせる。

「おつかれさまです。

 バルドさん、これが先ほど話していたベリークッキーとナッツクッキーです。

 お茶請けにどうぞ」

「おお、ありがとう。

 これがベリーでこっちがナッツだな?

 いただくとしよう」

 バルドさんはまず、ナッツクッキーを食べた。

 その後、黙ってベリークッキーも食べる。

「嬢ちゃん、これ日持ちはどのくらいだ?」

「湿気なければ三日くらいは大丈夫だと思います。

 ただ、ここだと三日残ったことがないんです」

「これだけうまけりゃ残らんか。

 クッキーというのは丸いもんだと思ってたが、この長方形だと食べやすくていいな。

 普段の茶に出てくるクッキーより固いのもいい。

 これなら行軍しながらでも食える」

「そう言われればそうだな。

 行動食にちょうどいい。

 山の巡回の時にも持たせよう」

 団長さんがうなずく。

「行動食にするんでしたら、もうちょっと工夫できると思います。

 これから試しに作ってみましょうか?」

 私の提案にバルドさんの目がまた光った。

「やってみてくれ。

 うまくいけば遠征食にも出来るかもしれん」

 私は厨房に戻り、クッキーの用意を始めた。

 息子の健(たける)が部活によく持っていった、穀物とドライベリー、ナッツ入りのシリアルクッキー。

 今回は腹持ちをよくするため、ナッツとドライベリーを細かく刻み、大麦とオートミールも加えた。

 すった豆の粉も混ぜ、いつもより硬めの生地を長方形に切り、低温でじっくり長めに焼く。

「良い匂い!今日のおやつですか?」

 匂いを嗅ぎつけた騎士が数人やってくる。

「これは行動食の試作なんですよ。

 バルドさんのご依頼です」

「えー、じゃあ食べられないのか」

 しおしおと全員帰っていく。

 バルドさん、恐れられてるなぁ…

 出来上がったクッキーは完全に冷ます。

 一つかじってみると、いつもより固く腹持ちもよさそうだ。

 ゴローが外から戻ってきたが、知らない人が食堂にいたからか、また外へ出て行った。

 最近はよく厩舎にいるらしい。


「バルドさん、出来ました」

 試作品を持って、団長さんと話しているバルドさんのところに向かう。

「おお、出来たか。

 どれ一つ試してみよう。

 ガレス、お前も食ってみろ」

 二人はクッキーを手に取ると、真剣な顔で食べ始めた。

 バルドさんの目が光る。

「いいな、これ。

 腹にたまる感じがするぞ。

 さっきより硬いから持って食べやすい。

 歩きながらでも食えるし、なにより味がうまい」

「ああ、これなら行動食にピッタリだ」

「嬢ちゃん、これ作り方書いてくれ。

 王都でも作ってみたい」

「レシピをお伝えするのは構わないんですが、私、まだ字が書けなくて」

「ああ、俺が書こう。

 まず材料から教えてくれ」

 よかった、どうやらバルドさんのお眼鏡にかなうものができたらしい。

 今日作った試作品も全部バルドさんが持って帰ることになったから、砦の分は明日また焼くことにした。


 夕食の時にはお米を炊いた。

 バルドさんにおにぎりを食べてもらうため、だったのだが意外なことに、セドリックさんもおにぎりに興味を示した。

 夕食用の川魚を一匹もらい、フレークを作る。

 青菜も干してあったものがあるので刻んで簡単なふりかけを作った。

 今日のおにぎりは塩むすび、青菜と川魚フレークの混ぜご飯おにぎりにする。


「お待たせしました。

 これがおにぎりです」

「米はこうなるのか。

 どれ、いただくとしよう」

 バルドさんはまず塩むすびを食べ、次に混ぜご飯おにぎりを食べた。

 セドリックさんも上品に塩むすびを食べている。

「これもうまい。

 塩だけのものは遠征食にできそうだ」

「青菜と塩だけで握ることもできますよ。

 でも日持ちはしません。

 せいぜい半日くらい、お弁当として持っていくくらいです」

「それでもかまわん。

 後で作り方を教えてくれ」

 どうやら、バルドさんはおにぎりも気に入ったらしい。

 セドリックさんは、感慨深げに残ったおにぎりを見ている。

「我が家では季節の節目に先祖に米を供える習慣があって、領地でも米を作っているんですよ。

 炊き方はもう失われてしまいましたが…私にも教えてください」

「もちろんです」

 来訪者だったというセドリックさんのお祖母様。

 どんな人生を歩んだのか、機会があれば聞いてみたいと思った。


 翌朝、バルドさんとセドリックさん達は出立していった。

 バルドさん達、補給部隊は毎月やってきて一泊して帰るそうだ。

「嬢ちゃん、また来月だな。

 何か作ったら記録しておくんだぞ」と念を押された。

 セドリックさんは基本、何かある時しか来ないそうだ。「呼んでもらえれば参りますよ」とニコニコして去っていった。


 さて、味噌を作ろう。

 昨日の大豆は水を吸ってふくらんでいる。

「うん、いい感じ」

 水を変えて大鍋に大豆を入れて煮ていく。

「これ、昨日の豆ですか?」

 レオンさんが鍋を見ながら不思議そうにしている。

「はい、これをやわらかくなるまで煮ます。」

「いつものスープよりもっと、ですか?」

「ええ、煮た後に潰すんでやわらかくするんです」

 マルクさんも食堂から厨房に戻ってきて、不思議そうに見ている。

 豆の鍋が煮立って灰汁が浮いてきたので掬う。

 弱火にしてから、味噌作りの手順を思い返す。

 祖母の味噌作りを手伝ったのは、もう何十年も前だ。

 まさか自分が異世界で味噌を作るとは思わなかった。

「この鍋はこのまま弱火で煮ておくので、昼食の仕込みをしましょうか」

 レオンさんとマルクさん、エディさんに声をかける。


 昼食後、煮えた大豆から煮汁を取っておいて、豆はザルにあける。

 熱いうちに大きいボウルに入れて潰していく。

「手伝いましょうか?」

「お願いします!豆を潰してください」

 三人が作業してくれている間に、私は度数の強い酒で樽の内側を丁寧に拭いた。

 これで少しは雑菌を減らせるはずだ。

 次は麹を取り出して塩と混ぜる。

 これは塩きり麹と呼ばれるものになる。

 潰してくれた豆が人肌くらいに冷めたら、塩きり麹をしっかり混ぜる。

「耳たぶくらいの硬さって言ってたよね…」

 硬さも大丈夫そうだから、丸くまとめて味噌玉にした。

「丸めるんですか?」

 エディさんが不思議そうに見ている。

「そう、それでこうして…こう!」

 樽の底めがけて味噌玉をベシャッと叩きつける。

「おもしろそう!やってみたいです」

 レオンさんとマルクさんにもやり方を教える。

 三人とも楽しそうに味噌玉を投げ入れていく姿を見て、もしかしてみんなストレスたまってるのかな?と心配になった。

「何をしているんだ?」

 厨房の入り口から声がして、振り向くと団長さんが立っていた。

「味噌作りです」

「昨日言ってたヤツか」

「団長!これ楽しいです」

 エディさんがにこにこしている。

「よかったら団長さんもやりませんか?」

 私は団長さんも誘ってみた。

「どうやるんだ?」

「この味噌玉を樽の底めがけて叩きつけてください。

 こんな感じです」

 味噌玉を投げ入れる。

 ベシャッという音がした。

「投げるのか?」

「中に空気が残るといけないんですよ」

「なるほど、やってみよう」

 団長さんに一つ味噌玉を渡す。

「力いっぱいお願いします」

 団長さんがニヤッと笑って腕を振る。

 ドンッと大きな音が厨房に響く。

 三人が手を止めた。

 厨房の隅で寝そべっていたゴローも顔を上げる。

「大丈夫だよ」

 声をかけると、ゴローは少しだけ尻尾を振って、また顎を床につけた。


「なるほど、もう一つやるぞ?」

「お願いします」

 ドンッとまた音が響く。

 そして、次の味噌玉を渡せというように手を差し出された。

 これはもしかして、団長さんも楽しくなってきたのかも?

 思わず笑ってしまった。

「どうした?」

 味噌玉を作りながら団長さんが聞いてくる。

「ふふ、団長さんが楽しそうだなって」

「ああ、こんなことをするのは初めてだ」

 少年みたいな顔で団長さんがニヤリと笑う。

 作業に団長さんが加わったおかげで、味噌玉は思ったより早く樽に収まった

 表面に塩を振り、清潔な油紙で密閉し、落とし蓋をする。

 以前見つけた漬物石を上に乗せ、さらに布を被せて封をして完成。

「ありがとうございます!これで終わりです」

「いつから食えますか?明日?」

 ワクワクした顔でマルクさんが聞く。

「いやいや!半年後くらいですよ」

「そんなに待つんだ…」

 レオンさんとエディさんもちょっとガッカリしている。

 団長さんは

「半年か…ずいぶん時間がかかるんだな」

 と感心していた。

 団長さんが貯蔵庫に樽を運んでくれた。

「団長さん、ミソってどう書きますか?」

「書いてやろうか?」

「いえ、これは自分で書いてみたいんです」

 ミソと横に日付も添えて書く。

 出来上がりは半年後。

 この世界初の味噌、うまくできますように。

「半年後…」

 団長さんが口を開く。

「はい?」

 団長さんがもう一度樽を見る。

「…いや、開けるのが楽しみだな」

「はい!きっとおいしくできます。

 その時は団長さんも一緒に開けましょうね!」

「ああ、約束だな」

 私は、この世界で初めて人と約束をした。

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