↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
PR
6/28

6.ベリーベリー

「2日後、砦に補給部隊が六人編成でやってくる。

 それと来訪者管理官が一名同行してくる。

 一泊の予定だから客室と食事の準備を頼む」

 と、夕食後の食堂で団長さんが発表した時、私は『ふーん、偉い人が来るんだなー』くらいにしか考えていなかった。

「来訪者管理官はメイさんに会いにくるんですよ」

 明日の朝食の仕込みをしながら、食事当番のハマスさんが言う。

「え、なんだろ?怒られるのかな?」

「ははっ!怒られるようなことしてるんですか?」

 ハマスさんはニヤニヤしてるけど、偉い人が会いにくるなんて嫌な予感しかない。

「食事はいつもより豪華なものにした方がいいんですかね?」

「いやいや、いつもどおりで大丈夫ですよ。むしろ贅沢してたら補給官に叱られます」

 ヤバい、油使ったのバレたら怒られるのかな?

 実は一度だけ、山の巡回帰りの騎士たちが獲ってきた大きな鳥を唐揚げにした。

 ものすごい人気だった。

 あまりの人気に最後の一個を巡って騒ぎになり、この世界にはなかったじゃんけんまで教える羽目になった。


 翌朝、いつものゴローの散歩をしている時だった。

「あれ?これベリーかな?」

 茂みの一部に黒い実がなっている。

 ゴローが匂いを嗅いでいる。

 私も匂いを嗅いでみる。

 たぶんベリーなんじゃないかなあ?

 そこへエルンさんが通りかかった。

「あー、見つかったかぁ。

 それうまいよ」

「やっぱり食べられるんだ!

 エルンさんは前から知ってたの?」

「こっそり食べてた」

 さすが地元の子である。

 私も一粒食べてみる

 口の中にジュワッとベリーの甘さが広がる。

 おいしい。ブルーベリーに似た味だ。

「でも、ここより山の方がいっぱいあるよ。

 今度案内しようか?」

「行くー!絶対行く!」

 ゴローも『賛成!』と言うようにしっぽをブンブン振っていた。


 袋一杯のベリーを持って厨房に行く。

 まずはジャムを作ろう。

 今から作れば朝ごはんに出せる!

「おはようございます、あれ?それなんですか?」

 今日の食事当番、ギランさんにさっそく見つかった。

「ベリー摘んできました!

 砂糖って使っても大丈夫ですかね?」

「少しくらい大丈夫ですよ、まだ在庫ありますし」

「私、ベリージャム作ります!

 朝ごはんはまかせてもいいですか?」

「了解です!

 あと仕上げだけなんで」

 ゴローはいつもの場所に歩いて行って丸まった。

 ご飯ができるまで寝るらしい。


 くつくつとベリーが煮える。

 甘い匂いは厨房から食堂へ広がっていく。

「いい匂いがするな」

 横で作業していたギランさんが鼻をひくひくさせている。

「ギランさん、ロイドさん、味見してもらえる?」

「えっ!いいんすか!やったぁ」

 今朝のもう一人の食事当番はロイドさんだった。

 この人は食に引きが強い。新作の時の当番率が高いのだ。

 切ったパンにジャムをつけて二人に渡す。

「まだ熱いから気をつけて」

「甘い!」

「うまい!」

「よかった!じゃあこのボウルに入ってる分は朝ごはんに出していいですよ。

 この量だから、一人大さじ一杯くらいかな。

 私は残りのベリー干してきます」

「わかりました!」

 元畑の脇にザルを吊るし、その中にベリーを広げて干す。

 残りのベリーでやりたいことは決まっているのだ。

 厨房に戻ると、朝食が始まっていた。

 カウンターのところでギランさんと騎士が揉めている。

「ギラン、ジャムもっとくれ!」

「ダメだ!一人大さじ一杯までだ!」

 どうやらみんな甘さに飢えていたようだ。

 これは、もっと大量に作らないとまた揉める気がするなぁ…


 その後の昼食が終わって時間が空いた。

 これからは私の自由時間だ。

 バター、砂糖、卵、小麦粉、干したベリーを台に並べる。

「次は何を作るんすか?」

 ロイドさんが目ざとくやって来る。

 なんだなんだとギランさんも来る。

「おやつにクッキーを作り置きしたらどうかなって」

「いい!絶対みんな喜ぶっすよ!」

「クッキーなんて祭りの時しか食べないもんな!」

「じゃあ、ベリークッキーを作ります」

 バターのすり混ぜとか、力が必要なことはこの二人にやってもらおう。

 私はニヤリとした。


 クッキーを焼いていると、しばらくして団長さんが厨房に顔を出した。

「甘い匂いがするんだが」

 どうやら訓練場へ向かう途中で気づいたらしい。

 ゴローが団長さんによって行って挨拶している。

「ちょうどクッキーが出来たところなんです。

 味見お願いできますか?」

 クッキーを一つ渡す。サクッといい音がした。

「うまいな、朝のあれか」

 団長さんは齧ったクッキーをまじまじと見ている。

「そうです!ベリークッキーにして食堂に置いておけば、みんな小腹が空いた時に食べられるかなって」

 そこへギランさんとロイドさんも手を広げて出してきた。

「焼けたんですね⁈俺も味見したいっす」

「俺にもください」

「はい、一枚づつどうぞ」

 手伝ってくれたんだから、あげないわけがない。

 二人はいい匂いだと喜びながらクッキーを食べる。

「うまい!」

「甘い!最高!」

 私が思ってたより喜んでいる。

「…いや、これを食堂に置いておくのは危険だ。

 一日の一人分の量を決めて配布した方がいい」

「そんなに?」

「朝の騒ぎ、この二人の反応、どう考えても揉める」

 そうだった、朝のジャムの攻防は、団長の雷が落ちて終わったのだった。

 団長さんが少し黙った後に言った。

「ベリーが摘みたいなら、山へ連れていくが」

「え!いいんですか」

「ああ、ちょうど確かめたい場所もあるからな。

 今の時期なら危険な獣もいないし。

 今から行くか?」

「行きたいです!支度してきます!」

 部屋に戻ってブーツに履き替える。

 そうだ、ゴローも行くから散歩バッグも持っていこう。

 散歩バッグを肩から斜めにかけた。


 昼間の山は思ったより明るい。

 道はないから足元は良くないけど。

「そこに木の根があるから気をつけろ」

 そう言いながら団長さんが私の手を引いてくれる。

 足元の険しい場所はこうして団長さんが教えてくれるから、安心して歩ける。

 やっぱりゴローもついてきたが、さすが犬だ。

 山道も気にせずスイスイ歩いていく。

「この木の裏側の茂みだ」

「わぁ!すごい!いっぱいある!」

 砦よりも鈴なりのベリーが生えていた。

 それからは夢中で摘みまくり、帰りには麻の大袋三つになった。

「これだけあれば当分もつか」

「はい!ジャムもクッキーもたくさんできます」

 団長さんが二つ袋を持ち、私は一番小さい袋を持つことになった。

 行きで悪路を経験したからか、帰り道は楽に歩けた。

「あれ?この辺って」

 なんとなく見覚えのある場所に出た。

「ああ、ここでメイを保護した」

「ここで…」

「そこの茂みの前にメイとゴローがいた」

 ゴローがその辺りの匂いを嗅いでいる。

「ゴロー、何かあった?」

 私もゴローの横にかがんで見てみたが、何もなかった。

 そうだ!スマホ!散歩バッグに入ってる!

 異世界に来てから、充電が減るのが惜しくて電源は切ったままにしていたんだ

 電源を入れてみるが、やはり圏外だった。

 …あれ?思ってたより充電が減ってない。

 健《たける》も美奈も元気にしてるだろうか。

 急にいなくなった私たちを心配してるだろうか。

「大丈夫か?何か感じるか?」

「いえ、さっぱり」

 団長さんが私を心配そうに私を見ている。

「ちょっと子どもたちのことを考えてたんです。

 でも大丈夫です」

「そうか…その手のものは?」

「これはスマホです。

 遠くの人と会話したり、メッセージを送ったりできます。

 あと、写真が撮れます」

「そんな小さな道具でそんな事が出来るのか。

 シャシンとは?」

 団長さんが疑問でいっぱいな顔をしている

「ああ、これです」

 説明するより見てもらった方が早いだろう。

 私は子供達と小さい頃のゴローの写っている写真を見せる。

「2年前の、子供達とゴローです」

「すごいな、これは。

 ゴローが小さいな」

 団長さんが目を丸くして驚いている。

 そうだ!子供達へ写真付きのメッセージを送ってみよう。

「団長さん、一緒に写真撮ってください」

「は?シャシンを撮る?…まあ、かまわないが」

 珍しい。団長さんがまだ混乱しているようだ。

 私は素早く団長さんの隣に並んだ。

「ゴロー、おいで!そう、そこにおすわり。

 団長さん、もうちょっとこっちに寄って…

 はい、ここ見てください」

 フレームに入るように調整してすばやく撮る。

「はい、これが写真です」

「これが…すごいな。

 まるで鏡に映った姿を切り取ったみたいだ」

 画面の中には笑う私と、強張った顔の団長さんと、ばっちりカメラ目線のゴロー。

 写真を添付して、子供達とのグループにメッセージを送信する。

『異世界にいます。この人に保護されました。

 良い人です。私もゴローも元気です』

 送信ボタンを押す。やはり送れない。

 でも、もしかしたら何かの拍子に子供達へ届くかもしれないから、そのままにしておこう。


 辺りは日が暮れてきた。

 そろそろ砦に帰らなくては。

「団長さん、帰りましょうか」

 団長へ笑いかけて、下ろしていたベリーの袋を抱える。

「もう、いいのか?」

「はい、出来ることはしました」

「そうか…そのスマホ?は皆には見せずにしまっておいた方がいい。

 大事なものだろう?

 国から提出命令がこないよう、俺からも取り計らう」

 スマホって、そんな大騒ぎになるものなのか…

 通話はできなくても、写真と音楽再生だけでも大変なことなのかもしれない。

「わかりました。しまっておきます」

「ああ、そうしてくれ。 

 …そろそろ行くか」

「はい。

 帰ったら、またジャム作ります。

 明日の朝も出せますよ」

「それはいいな」

 団長さんが少し笑う。


 そして、私と団長さんとゴローは、夕暮れのオレンジの空の下、砦へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。